ぬぎ‐すて【脱(ぎ)捨て】例文一覧 25件

  1. ・・・お絹は二人に会釈をしながら、手早くコオトを脱ぎ捨てると、がっかりしたように横坐りになった。その間に神山は、彼女の手から受け取った果物の籠をそこへ残して、気忙しそうに茶の間を出て行った。果物の籠には青林檎やバナナが綺麗につやつやと並んでいた。・・・<芥川竜之介「お律と子等と」青空文庫>
  2. ・・・その内に懐の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋の裏へじかに小石が食いこんだが、足だけは遙かに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路を駈け登った。時時涙・・・<芥川竜之介「トロッコ」青空文庫>
  3. ・・・の見ゆるに、幾条の蛇の這えるがごとき人の踏みしだきたる痕を印せること、英国公使館の二階なるガラス窓の一面に赤黒き燈火の影の射せること、その門前なる二柱のガス燈の昨夜よりも少しく暗きこと、往来のまん中に脱ぎ捨てたる草鞋の片足の、霜に凍て附きて・・・<泉鏡花「夜行巡査」青空文庫>
  4. ・・・ それから女は身に纏った、その一重の衣を脱ぎ捨てまして、一糸も掛けざる裸体になりました。小宮山は負惜、此奴温泉場の化物だけに裸体だなと思っておりまする。女はまた一つの青い色の罎を取出しましたから、これから怨念が顕れるのだと恐を懐くと、か・・・<泉鏡花「湯女の魂」青空文庫>
  5. ・・・と答えた機で、私はつと下駄を脱捨てて猿階子に取着こうとすると、「ああ穿物は持って上っておくれ。そこへ脱いどいて、失えても家じゃ知らんからね。」 私は言われるままに、土のついた日和下駄を片手に下げながら、グラグラする猿階子を縋るように・・・<小栗風葉「世間師」青空文庫>
  6.  池の向うの森の暗さを一瞬ぱっと明るく覗かせて、終電車が行ってしまうと、池の面を伝って来る微風がにわかにひんやりとして肌寒い。宵に脱ぎ捨てた浴衣をまた着て、机の前に坐り直した拍子に部屋のなかへ迷い込んで来た虫を、夏の虫かと思・・・<織田作之助「勝負師」青空文庫>
  7. ・・・自分の家なぞでは、こんな花やかな着物を脱ぎ捨ててあることはついに見られない。姉は十一で死んだ。その後家じゅうに赤い切れなぞは切れっ端もあったことはない。自分の家は冬枯れの野のようだとつくづくそう思う。そのうちにふと蛇の脱殻が念頭に浮んだ。蛇・・・<鈴木三重吉「千鳥」青空文庫>
  8. ・・・主人が持参した蓙のうえに着物を脱ぎ捨て、ふたり湯の中にからだを滑り込ませる。かず枝のからだは、丸くふとっていた。今夜死ぬる物とは、どうしても、思えなかった。 主人がいなくなってから、嘉七は、「あの辺かな?」と、濃い朝霧がゆっくり流れ・・・<太宰治「姥捨」青空文庫>
  9. ・・・小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換え、紺足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履いて水際立ったお使者振りを示そうという魂胆であったが、これは完全に失敗した。省線は五反田で降りて、それから小坂氏の書いて下さった略図をたよりに、十丁ほど歩いて・・・<太宰治「佳日」青空文庫>
  10. ・・・そのころ地平、縞の派手な春服を新調して、部屋の中で、一度、私に着せて見せて、すぐ、おのが失態に気づいて、そそくさと脱ぎ捨てて、つんとすまして見せたが、かれ、この服を死ぬるほど着て歩きたく、けれども、こうして部屋の中でだけ着て、うろうろしてい・・・<太宰治「喝采」青空文庫>
  11. ・・・青扇は茶碗をむりやりに僕に持たせて、それから傍に脱ぎ捨ててあった弁慶格子の小粋なゆかたを坐ったままで素早く着込んだ。僕は縁側に腰をおろし、しかたなく茶をすすった。のんでみると、ほどよい苦味があって、なるほどおいしかったのである。「どうし・・・<太宰治「彼は昔の彼ならず」青空文庫>
  12. ・・・ せせら笑ってそう言ってから、私は手袋を脱ぎ捨て、もっと高価なマントをさえ泥のなかへかなぐり捨てた。私は自身の大時代なせりふとみぶりにやや満足していた。誰かとめて呉れ。 百姓は、もそもそと犬の毛皮の胴着を脱ぎ、それを私に煙草をめぐん・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  13. ・・・私は熊本君から風呂敷を借りて、それに脱ぎ捨てた着物を包み、佐伯に持たせて、「さあ行こう。熊本君も、そこまで、どうです。一緒にお茶でも、飲みましょう。」「熊本は勉強中なんだ。」佐伯は、なぜだか、熊本君を誘うのに反対の様子を示した。「こ・・・<太宰治「乞食学生」青空文庫>
  14. ・・・そうして後で、私を馬鹿先生ではないかと疑い、灯が見えるかねと言い居ったぞ等と、私の口真似して笑い合っているのに違いないと思ったら、私は矢庭に袴を脱ぎ捨て海に投じたくなった。けれども、また、ふと、いやそんな事は無い。地図で見ても、新潟の近くに・・・<太宰治「佐渡」青空文庫>
  15.  イエスが十字架につけられて、そのとき脱ぎ捨て給いし真白な下着は、上から下まで縫い目なしの全部その形のままに織った実にめずらしい衣だったので、兵卒どもはその品の高尚典雅に嘆息をもらしたと聖書に録されてあったけれども、 妻・・・<太宰治「小志」青空文庫>
  16. ・・・和服に着換え、脱ぎ捨てた下着の薔薇にきれいなキスして、それから鏡台のまえに坐ったら、客間のほうからお母さんたちの笑い声が、どっと起って、私は、なんだか、むかっとなった。お母さんは、私と二人きりのときはいいけれど、お客が来たときには、へんに私・・・<太宰治「女生徒」青空文庫>
  17. ・・・言いながら、足袋を脱ぎ、高足駄を脱ぎ捨て、さいごに眼鏡をはずし、「来い!」 ぴしゃあんと雪の原、木霊して、右の頬を殴られたのは、助七であった。間髪を入れず、ぴしゃあんと、ふたたび、こんどは左。助七は、よろめいた。意外の強襲であった。うむ・・・<太宰治「火の鳥」青空文庫>
  18. ・・・しかし泳ぎの達人であった王は、盾の下で鎖帷子を脱ぎ捨てここを逃げのびてヴェンドランドの小船に助けられたといううわさも伝えられた。ともかくも王の姿が再びノルウェーに現われなかったのは事実である。 すぐれた英雄の戦没した後に、こういううわさ・・・<寺田寅彦「春寒」青空文庫>
  19. ・・・竹村君は外套の襟の中で首をすくめて、手持無沙汰な顔をして娘の脱ぎ捨てた下駄の派手な鼻緒を見つめていたが、店の時計が鳴り出すと急に店を出た。 神田の本屋へ廻って原稿料の三十円を受取った。手を切りそうな五円札を一重ねに折りかえして銅貨と一緒・・・<寺田寅彦「まじょりか皿」青空文庫>
  20. ・・・泥濘のひどい道に古靴を引きずって役所から帰ると、濡れた服もシャツも脱ぎ捨てて汗をふき、四畳半の中敷に腰をかけて、森の葉末、庭の苔の底までもとしみ入る雨の音を聞くのが先ず嬉しい。塵埃にくすぶった草木の葉が洗われて美しい濃緑に返るのを見ると自分・・・<寺田寅彦「やもり物語」青空文庫>
  21. ・・・ 義理人情の着物を脱ぎ捨て、毀誉褒貶の圏外へ飛び出せばこの世は涼しいにちがいない。この点では禅僧と収賄議員との間にもいくらか相通ずるものがあるかもしれない。 いろいろなイズムも夏は暑苦しい。少なくも夏だけは「自由」の涼しさがほしいも・・・<寺田寅彦「涼味数題」青空文庫>
  22. ・・・次の日の午時頃、浅草警察署の手で、今戸の橋場寄りの或露地の中に、吉里が着て行ッたお熊の半天が脱捨てあり、同じ露地の隅田川の岸には娼妓の用いる上草履と男物の麻裏草履とが脱捨ててあッた事が知れた。お熊は泣々箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅を・・・<永井荷風「里の今昔」青空文庫>
  23. ・・・ 一通遊泳術の免許を取ってしまった後は全く教師の監督を離れるので、朝早く自分たちは蘆のかげなる稽古場に衣服を脱ぎ捨て肌襦袢のような短い水着一枚になって大川筋をば汐の流に任して上流は向島下流は佃のあたりまで泳いで行き、疲れると石垣の上に這・・・<永井荷風「夏の町」青空文庫>
  24. ・・・ 次の日の午時ごろ、浅草警察署の手で、今戸の橋場寄りのある露路の中に、吉里が着て行ッたお熊の半天が脱ぎ捨ててあり、同じ露路の隅田河の岸には、娼妓の用いる上草履と男物の麻裏草履とが脱ぎ捨ててあッたことが知れた。 けれども、死骸はたやす・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  25. ・・・病舎の燈火が一斉に消えて、彼女たちの就寝の時間が来ると、彼女らはその厳格な白い衣を脱ぎ捨て、化粧をすませ、腰に色づいた帯を巻きつけ、いつの間にかしなやかな寝巻姿の娘になった。だが娘になった彼女らは、皆ことごとく疲れと眠さのため物憂げに黙って・・・<横光利一「花園の思想」青空文庫>