ぬ・く【抜く】例文一覧 30件

  1. ・・・ 女は咄嗟に指環を抜くと、ビルと一しょに彼の前へ投げた。「これは護身用の指環なのよ。」 カッフェの外のアスファルトには、涼しい夏の夜風が流れている。陳は人通りに交りながら、何度も町の空の星を仰いで見た。その星も皆今夜だけは、……・・・<芥川竜之介「影」青空文庫>
  2. ・・・ 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべ・・・<芥川竜之介「羅生門」青空文庫>
  3. ・・・彼はこれらの関係を知り抜くことには格別の興味をもっていたわけではなかったけれども、偶然にも今日は眼のあたりそれを知るようなはめになった自分を見いだしたのだ。まだ見なかった父の一面を見るという好奇心も動かないではなかった。けれどもこれから展開・・・<有島武郎「親子」青空文庫>
  4. ・・・ 袖の香も目前に漾う、さしむかいに、余り間近なので、その裏恥かしげに、手も足も緊め悩まされたような風情が、さながら、我がためにのみ、そうするのであるように見て取られて、私はしばらく、壜の口を抜くのを差控えたほどであった。 汽車に連る・・・<泉鏡花「革鞄の怪」青空文庫>
  5. ・・・ スポンと栓を抜く、件の咳を一つすると、これと同時に、鼻が尖り、眉が引釣り、額の皺が縊れるかと凹むや、眼が光る。……歯が鳴り、舌が滑に赤くなって、滔々として弁舌鋭く、不思議に魔界の消息を洩す――これを聞いたものは、親たちも、祖父祖母も、・・・<泉鏡花「茸の舞姫」青空文庫>
  6. ・・・ ソッと抜くと、掌に軽くのる。私の名に、もし松があらば、げにそのままの刺青である。「素晴らしい簪じゃあないか。前髪にささって、その、容子のいい事と言ったら。」 涙が、その松葉に玉を添えて、「旦那さん――堪忍して……あの道々、・・・<泉鏡花「小春の狐」青空文庫>
  7. ・・・命のあらん限り悶えから悶えへと一生悶えを追って悶え抜くのが二葉亭である。『浮雲』の文三が二葉亭の性格の一部のパーソニフィケーションであるのは二葉亭自身から聴いていた。煩悶の内容こそ違え、二葉亭はあの文三と同じように疑いから疑いへ、苦みから苦・・・<内田魯庵「二葉亭追録」青空文庫>
  8. ・・・ そして、そこで、幾十年生きてきたしんぱくを、岩角から切りはなして、その根もとを掘り抜くとしっかり背負って、綱をたぐって上がってゆきました。しんぱくは、かつて自然をおそれて、人間にどれほどのことができるものかと、考えていたことの、たいへ・・・<小川未明「しんぱくの話」青空文庫>
  9. ・・・という、題名からして、お前の度胆を抜くような本が、出版された。 忘れもせぬ、……お前も忘れてはおるまい、……青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいく・・・<織田作之助「勧善懲悪」青空文庫>
  10. ・・・針を突き刺した途端一代の想いがあった。針を抜くと、女中は注射には馴れているらしく、器用に腕を揉みながら、五番の客が変なことを言うからお咲ちゃんに代ってもらっていいことをしたという言葉を聴いて、はじめて女中が変っていたことに気がついたくらい寺・・・<織田作之助「競馬」青空文庫>
  11. ・・・しかし、読者の度胆を抜くような、そして抜く手も見せぬような巧みに凝られた書出しよりも、何の変哲もない、一見スラスラと書かれたような「弥生さんのことを書く」という淡々とした書出しの方がむずかしいのだ。 私は武田さんの小説家としての円熟を感・・・<織田作之助「四月馬鹿」青空文庫>
  12. ・・・円錐形にそびえて高く群峰を抜く九重嶺の裾野の高原数里の枯れ草が一面に夕陽を帯び、空気が水のように澄んでいるので人馬の行くのも見えそうである。天地寥廓、しかも足もとではすさまじい響きをして白煙濛々と立ちのぼりまっすぐに空を衝き急に折れて高嶽を・・・<国木田独歩「忘れえぬ人々」青空文庫>
  13. ・・・それとともに人間生活の本能的刺激、生活資料としての感性的なるものの抜くべからざる要請の強さに打たれるであろう。この三つのものの正当なる権利の要求を、如何に全人として調和統合するかが結局倫理学の課題である。     三 文芸と倫理学・・・<倉田百三「学生と教養」青空文庫>
  14. ・・・ そういう男をアジテートすることは、山を抜くほど困難な仕事だ。<黒島伝治「選挙漫談」青空文庫>
  15. ・・・そして脚を抜く時に蹴る雪が、イワンの顔に散りかかって来た。そういう走りにくいところへ落ちこめば落ちこむほど、馬の疲労は増大してきた。 橇が、兵士の群がっている方へ近づき、もうあと一町ばかりになった時、急に兵卒が立って、ばらばらに前進しだ・・・<黒島伝治「橇」青空文庫>
  16. ・・・この一戦なにがなんでもやり抜くぞ、という歌を将軍たちは奨励したが、少しもはやらなかった。さすがに民衆も、はずかしくて歌えなかったようである。将軍たちはまた、鉄桶という言葉をやたらに新聞人たちに使用させた。しかし、それは棺桶を聯想させた。転進・・・<太宰治「苦悩の年鑑」青空文庫>
  17. ・・・僕たちの、この悪癖を綺麗に抜くのは至難である。君たちに頼む。君たちさえ、清潔な明るい習慣を作ってくれたら、僕たちの暗黒の虫も、遠からずそれに従うだろう。僕たちに負けてはならぬ。打ち勝て。以上、一般論は終りだ。どうも僕は、こんなわかり切ったよ・・・<太宰治「乞食学生」青空文庫>
  18. ・・・なぜ、そのような冒険を思いついたか、或いは少年航空雑誌で何か読んで強烈な感激を味ったのか、はっきりしないが、とにかく、チベットへ行くのだという希望だけは牢固として抜くべからざるものがあった。両者の意嚮の間には、あまりにもひどい懸隔があるので・・・<太宰治「花火」青空文庫>
  19. ・・・甲地でも乙の松明の上がると同時に底の栓を抜く。そうして浮かしてある栓の棒がだんだんに下がって行って丁度所要の文句を書いた区分線が器の口と同高になった時を見すましてもう一度烽火をあげる。乙の方ではその合図の火影を認めた瞬間にぴたりと水の流出を・・・<寺田寅彦「変った話」青空文庫>
  20. ・・・また炭は溶液の中にある有機性の色素を吸収する性質がある、殊に獣炭あるいは骨炭がこれに適しているので砂糖の色を抜く事などに使われる。コークスは石炭を蒸焼にした炭だ、火力が強いが燃えつきにくい。近来電気の応用が盛んになるにつれて色々の事に炭を使・・・<寺田寅彦「歳時記新註」青空文庫>
  21. ・・・ 構造物の材料や構造物に対する検査の方法が完成していれば、たちの悪い請負師でも手を抜くすきがありそうもない。そういう検定方法は切実な要求さえあらばいくらでもできるはずであるのにそれが実際にはできていないとすれば、その責任の半分は無検定の・・・<寺田寅彦「断水の日」青空文庫>
  22. ・・・るための鞍にしてペダルは足を載せかつ踏みつけると回転するためのペダルなり、ハンドルはもっとも危険の道具にして、一度びこれを握るときは人目を眩せしむるに足る目勇しき働きをなすものなり かく漆桶を抜くがごとく自転悟を開きたる余は今例の監・・・<夏目漱石「自転車日記」青空文庫>
  23. ・・・髯の根をうんと抑えて、ぐいと抜くと、毛抜は下へ弾ね返り、顋は上へ反り返る。まるで器械のように見える。「あれは何日掛ったら抜けるだろう」と碌さんが圭さんに質問をかける。「一生懸命にやったら半日くらいで済むだろう」「そうは行くまい」・・・<夏目漱石「二百十日」青空文庫>
  24. ・・・とルーファスは革に釣る重き剣に手を懸けてするすると四五寸ばかり抜く。一座の視線は悉く二人の上に集まる。高き窓洩る夕日を脊に負う、二人の黒き姿の、この世の様とも思われぬ中に、抜きかけた剣のみが寒き光を放つ。この時ルーファスの次に座を占めたるウ・・・<夏目漱石「幻影の盾」青空文庫>
  25. ・・・ 四人は走って行って急いで丸太をくぐって外へ出ますと、二匹の馬はもう走るでもなく、どての外に立って草を口で引っぱって抜くようにしています。「そろそろど押えろよ。そろそろど。」と言いながら一郎は一ぴきのくつわについた札のところをしっか・・・<宮沢賢治「風の又三郎」青空文庫>
  26. ・・・どうでも今のうちに、この海に向いたほうへボーリングを入れて傷口をこさえて、ガスを抜くか熔岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」二人はすぐにしたくして、サンムトリ行きの汽車に乗りました。六 サンムトリ火山・・・<宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」青空文庫>
  27. ・・・「妻としての愛情も、母としての役目も、それから科学も、等しく同列においてそのいずれからも手を抜くまいと覚悟していた。そうして熱情と意志をもって、彼女はそのことに成功したのである」 成功の冠は、一九〇四年、ピエールが四十五歳、マリヤが三十・・・<宮本百合子「キュリー夫人の命の焔」青空文庫>
  28. ・・・特に女のひとは、どういうものか幸福、不幸という二つの漠然とした、しかも抜くことのできない観念を心のどこかに植えつけられている。そして、不幸になるまいと絶えず警戒しつつ、本体が何かということは自分の心にもはっきり感じられていない幸福を追ってい・・・<宮本百合子「幸福の感覚」青空文庫>
  29. ・・・の特徴的な相貌としては、云わば自然なそういう作家の変りかたにおいて、作家の変ることが語られているのではなくて、たとえばこれまではシャボテンであったがこれからは蘇鉄でなければならないと、銘仙から金糸でも抜くことのように云われ勝なところに、沢山・・・<宮本百合子「今日の文学の諸相」青空文庫>
  30. ・・・わたくしは剃刀を抜く時、手早く抜こう、まっすぐに抜こうというだけの用心はいたしましたが、どうも抜いた時の手ごたえは、今まで切れていなかった所を切ったように思われました。刃が外のほうへ向いていましたから、外のほうが切れたのでございましょう。わ・・・<森鴎外「高瀬舟」青空文庫>