ぬれ【×濡れ】例文一覧 30件

  1. ・・・二人は露に濡れながら、まだ寺のほとりを去らずにいた。 が、兵衛はいつまで経っても、ついに姿を現さなかった。     大団円 甚太夫主従は宿を変えて、さらに兵衛をつけ狙った。が、その後四五日すると、甚太夫は突然真夜中から、・・・<芥川竜之介「或敵打の話」青空文庫>
  2. ・・・そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子を引きずって来た。が、ふと彼の足もとに僕等の転がっているのを見ると、鮮かに歯を見せて一笑した。Mは彼の通り過ぎた後、ちょっと僕に微苦笑を送り、「あいつ、嫣然として笑ったな。」と言った。それ以来彼は僕・・・<芥川竜之介「海のほとり」青空文庫>
  3. ・・・若者の身のまわりには白い泡がきらきらと光って、水を切った手が濡れたまま飛魚が飛ぶように海の上に現われたり隠れたりします。私はそんなことを一生懸命に見つめていました。 とうとう若者の頭と妹の頭とが一つになりました。私は思わず指を口の中から・・・<有島武郎「溺れかけた兄妹」青空文庫>
  4. ・・・ 汐が入ると、さて、さすがに濡れずには越せないから、此処にも一つ、――以前の橋とは間十間とは隔たらぬに、また橋を渡してある。これはまた、纔かに板を持って来て、投げたにすぎぬ。池のつづまる、この板を置いた切れ口は、ものの五歩はない。水は川・・・<泉鏡花「海の使者」青空文庫>
  5. ・・・わが財産の主脳であるところの乳牛が、雨に濡れて露天に立っているのは考えるに堪えない苦しみである。何ともたとえようのない情なさである。自分が雨中を奔走するのはあえて苦痛とは思わないが、牛が雨を浴みつつ泥中に立っているのを見ては、言語にいえない・・・<伊藤左千夫「水害雑録」青空文庫>
  6. ・・・ 泥塗れのビショ濡れになってる夜具包や、古行李や古葛籠、焼焦だらけの畳の狼籍しているをくものもあった。古今の英雄の詩、美人の歌、聖賢の経典、碩儒の大著、人間の貴い脳漿を迸ばらした十万巻の書冊が一片業火に亡びて焦土となったを知らず顔に、渠・・・<内田魯庵「灰燼十万巻」青空文庫>
  7. ・・・女の長い黒い頭髪がびっしょりと水に濡れて月の光に輝いていたからであります。女は箱の中から、真赤な蝋燭を取り上げました。そして、じっとそれに見入っていましたが、やがて銭を払ってその赤い蝋燭を持って帰って行きました。 お婆さんは、燈火のとこ・・・<小川未明「赤い蝋燭と人魚」青空文庫>
  8. ・・・ぼうっとなって歩いているうちに、やがてアセチリン瓦斯の匂いと青い灯が如露の水に濡れた緑をいきいきと甦らしている植木屋の前まで来ると、もうそこからは夜店の外れでしょう、底が抜けたように薄暗く、演歌師の奏でるバイオリンの響きは、夜店の果てまで来・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
  9. ・・・Fは黙ってちらりと眼を私の方に向けたが、それが涙で濡れていた。どんな場合でも、涙は私の前では禁物だった。敏感な神経質な子だから、彼はどうかすると泣きたがる。それが、泣くのが自然であるかもしれないが、私は非常に好かないのだ。凶暴な人間が血を見・・・<葛西善蔵「父の出郷」青空文庫>
  10. ・・・と言って濡れた衣服をひっぱってみても「知らん」と言っている。足が滑った拍子に気絶しておったので、全く溺れたのではなかったとみえる。 そして、なんとまあ、いつもの顔で踊っているのだ。―― 兄の話のあらましはこんなものだった。ちょうど近・・・<梶井基次郎「城のある町にて」青空文庫>
  11. ・・・纒いしは袷一枚、裾は短かく襤褸下がり濡れしままわずかに脛を隠せり。腋よりは蟋蟀の足めきたる肱現われつ、わなわなと戦慄いつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇いぬ。源叔父はその丸き目みはりて乞食を見たり・・・<国木田独歩「源おじ」青空文庫>
  12. ・・・願わくば別離を経験したことによって、前にも書いたようにその感情の質が深くそして濡れてくるような別離をしたいものである。愛する者の別離は胎盤が子宮から離れるように大きな傷をその人の霊魂に与えるものである。したがってその際の心遣いは慎重で思いや・・・<倉田百三「人生における離合について」青空文庫>
  13. ・・・第一あんなに濡れていたので、重くなっているべきはずだが、それがちっとも水が浸みていないようにその時も思ったが、今も同じく軽い。だからこれは全く水が浸みないように工夫がしてあるとしか思われない。それから節廻りの良いことは無類。そうして蛇口の処・・・<幸田露伴「幻談」青空文庫>
  14. ・・・ 源吉はズブ濡れの身体をすっかりロープで縛られていた。そしてその綱の端が棒頭の乗っている馬につながれていた。馬が少し早くなると逃亡者はでんぐり返って、そのまま石ころだらけの山途を引きずられた。半纒が破れて、額や頬から血が出ていた。その血・・・<小林多喜二「人を殺す犬」青空文庫>
  15. ・・・国の方で留守居するおげんが朝夕の友と言えば、旦那の置いて行った机、旦那の置いて行った部屋、旦那のことを思い二人の子のことを思えば濡れない晩はなかったような冷たい閨の枕―― 回想は又、広い台所の炉辺の方へもおげんの心を連れて行って見せた。・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  16. ・・・路面の雪は溶けかけたままあやうく薄く積っていて、ふたりの下駄をびしょ濡れにした。宿の戸を叩こうとすると、すこしおくれて歩いて来たかず枝はすっと駈け寄り、「あたしに叩かせて。あたしが、おばさんを起すのよ。」手柄を争う子供に似ていた。 ・・・<太宰治「姥捨」青空文庫>
  17. ・・・硝子窓の外は風雨吹暴れて、山吹の花の徒らに濡れたるなど、歌にでもしたいと思う。 躑躅は晩春の花というよりも初夏の花である。赤いのも白いのも好い。ある寺の裏庭に、大きな白躑躅があって、それが為めに暗い室が明るく感じられたのを思い出す。・・・<田山花袋「新茶のかおり」青空文庫>
  18. ・・・道端の熊笹が雨に濡れているのが目に沁みるほど美しい。どこかの大きな庭園を歩いているような気もする。有名な河童橋は河風が寒く、穂高の山塊はすっかり雨雲に隠されて姿を見せない。この橋の両側だけに人間の香いがするが、そこから六百山の麓に沿うて二十・・・<寺田寅彦「雨の上高地」青空文庫>
  19. ・・・ 濡れた水着のままでよく真砂座の立見をした事があった。永代の橋の上で巡査に咎められた結果、散々に悪口をついて捕えられるなら捕えて見ろといいながら四、五人一度に橋の欄干から真逆様になって水中へ飛込み、暫くして四、五間も先きの水面にぽっくり・・・<永井荷風「夏の町」青空文庫>
  20. ・・・夏の日の暮れがたきに暮れて、蒼き夕を草深き原のみ行けば、馬の蹄は露に濡れたり。――二人は一言も交わさぬ。ランスロットの何の思案に沈めるかは知らず、われは昼の試合のまたあるまじき派手やかさを偲ぶ。風渡る梢もなければ馬の沓の地を鳴らす音のみ高し・・・<夏目漱石「薤露行」青空文庫>
  21. ・・・街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にい・・・<萩原朔太郎「猫町」青空文庫>
  22. ・・・ こんな訳であって、――どんな訳があろうとも、発破を抑えつけるなんて訳に行くものではない――岩鼻火薬製造所製の桜印ダイナマイト、大ダイ六本も詰め込んだ発破は、素晴らしい威力を発揮した。濡れ蓆位被せたって、そんなものは問題じゃなかった。・・・<葉山嘉樹「坑夫の子」青空文庫>
  23. ・・・袖は涙に濡れて、白茶地に牛房縞の裏柳葉色を曇らせている。島田髷はまったく根が抜け、藤紫のなまこの半掛けは脱れて、枕は不用もののように突き出されていた。 善吉はややしばらく瞬きもせず吉里を見つめた。 長鳴するがごとき上野の汽車の汽笛は・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  24. ・・・何日やら蒸暑い日の夕方に、雨が降って来た時に貴方と二人でこの窓の処に立って濡れた樹々の梢から来る薫を聞いた事があります。ああ、何もかも皆な過ぎ去ってしまいました。そして皆な儚い恋の小さい奥城の中に埋まってしまいました。しかしその埋まったもの・・・<著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外「痴人と死と」青空文庫>
  25. ・・・ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏い肩にはケットの捲き円めたるを担ぎしが手拭もて顔をつつみたり。うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしける。秋雨蕭々として虫の音草の底に聞こえ両側の並松一つに暮れて・・・<正岡子規「旅の旅の旅」青空文庫>
  26. ・・・ 一つ一つの葉が皆薄小豆色をして居て、ホッサリと、たわむ様にかたまった表面には、雨に濡れた鈍銀色と淡い淡い紫が漂って居る。 細い葉先に漸々とまって居る小さい水玉の光り。 葉の重り重りの作って居る薫わしい影。 口に云えない程の・・・<宮本百合子「雨が降って居る」青空文庫>
  27. ・・・石垣に沿うて、露に濡れた、老緑の広葉を茂らせている八角全盛が、所々に白い茎を、枝のある燭台のように抽き出して、白い花を咲かせている上に、薄曇の空から日光が少し漏れて、雀が二三羽鳴きながら飛び交わしている。 秀麿は暫く眺めていて、両手を力・・・<森鴎外「かのように」青空文庫>
  28. ・・・それに雨に濡れて骨牌の色刷の絵までがにじんでぼやけて来た。無論相手の破落戸はそれには困らない。どうせ骨牌を裏から見て知っているからである。しかしきょうはもう廃す気になっていた。「いや。もうこのくらいで御免を蒙りましょう。」わざと丁寧にこ・・・<著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外「破落戸の昇天」青空文庫>
  29. ・・・屋根の虫は丁度その濡れた旅人の蓑のような形をしているに相違ないと灸は考えた。 雨垂れの音が早くなった。池の鯉はどうしているか、それがまた灸には心配なことであった。「雨こんこん降るなよ。 屋根の虫が鳴くぞよ。」 暗い外・・・<横光利一「赤い着物」青空文庫>
  30. ・・・一山もある、濡れた洗濯物を車に積んで干場へ運んで行く事もある。何羽いるか知れない程の鶏の世話をしている事もある。古びた自転車に乗って、郵便局から郵便物を受け取って帰る事もある。 エルリングの体は筋肉が善く発達している。その幅の広い両肩の・・・<著:ランドハンス 訳:森鴎外「冬の王」青空文庫>