ねずみ‐いろ【×鼠色】例文一覧 30件

  1. ・・・両岸の家々はもう、たそがれの鼠色に統一されて、その所々には障子にうつるともしびの光さえ黄色く靄の中に浮んでいる。上げ潮につれて灰色の帆を半ば張った伝馬船が一艘、二艘とまれに川を上って来るが、どの船もひっそりと静まって、舵を執る人の有無さえも・・・<芥川竜之介「大川の水」青空文庫>
  2. ・・・僕の後ろにはいつの間にか鼠色の大掛児を着た支那人が一人、顔中に愛嬌を漲らせていた。僕はちょっとこの支那人の誰であるかがわからなかった。けれども忽ち彼の顔に、――就中彼の薄い眉毛に旧友の一人を思い出した。「やあ、君か。そうそう、君は湖南の・・・<芥川竜之介「湖南の扇」青空文庫>
  3. ・・・曇天にこぞった若葉の梢、その向うに続いた鼠色の校舎、そのまた向うに薄光った入江、――何もかもどこか汗ばんだ、もの憂い静かさに沈んでいる。 保吉は巻煙草を思い出した。が、たちまち物売りに竹箆返しを食わせた後、すっかり巻煙草を買うことを忘れ・・・<芥川竜之介「十円札」青空文庫>
  4. ・・・ フレンチの向側の腰掛には、為事着を着た職工が二三人、寐惚けたような、鼠色の目をした、美しい娘が一人、青年が二人いる。 フレンチはこの時になって、やっと重くるしい疲が全く去ってしまったような心持になった。気の利いたような、そして同時・・・<著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外「罪人」青空文庫>
  5. ・・・ 中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量を溢まして、筵の上に仇光りの陰気な光沢を持った鼠色のその革鞄には、以来、大海鼠に手が生えて胸へ乗かかる夢を見て魘された。 梅雨期のせいか、その時はしとしとと皮に潤湿を帯びていたのに、年数・・・<泉鏡花「革鞄の怪」青空文庫>
  6. ・・・       六 鼠色の石持、黒い袴を穿いた宮奴が、百日紅の下に影のごとく踞まって、びしゃッびしゃッと、手桶を片手に、箒で水を打つのが見える、と……そこへ―― あれあれ何じゃ、ばばばばばば、と赤く、かなで書いた字が宙に出・・・<泉鏡花「茸の舞姫」青空文庫>
  7. ・・・、次第に疑惑を増し、手を挙ぐれば、烏等も同じく挙げ、袖を振動かせば、斉しく振動かし、足を爪立つれば爪立ち、踞めば踞むを透し視めて、今はしも激しく恐怖し、慌しく駈出帽子を目深に、オーバーコートの鼠色なるを被、太き洋杖を持てる老紳士、憂・・・<泉鏡花「紅玉」青空文庫>
  8. ・・・と東の方を見ますと、――今漕いでいるのは少しでも潮が上から押すのですから、澪を外れた、つまり水の抵抗の少い処を漕いでいるのでしたが、澪の方をヒョイッと見るというと、暗いというほどじゃないが、よほど濃い鼠色に暮れて来た、その水の中からふっと何・・・<幸田露伴「幻談」青空文庫>
  9. ・・・それより右に打ち開けたるところを望みつつ、左の山の腰を繞りて岨道を上り行くに、形おかしき鼠色の巌の峙てるあり。おもしろきさまの巌よと心留まりて、ふりかえり見れば、すぐその傍の山の根に、格子しつらい鎖さし固め、猥に人の入るを許さずと記したるあ・・・<幸田露伴「知々夫紀行」青空文庫>
  10. ・・・強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の・・・<斎藤緑雨「かくれんぼ」青空文庫>
  11. ・・・ その時どうしたのだか知らないが、忽ち向うの白けた空の背景の上に鼠色の山の峯が七つ見えているあたりに、かっと日に照らされた、手の平ほどの処が見えて来た。その処は牧場である。緩傾斜をなして、一方から並木で囲まれている。山のよほど高い処にあ・・・<著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外「鴉」青空文庫>
  12. ・・・チャリネはこの牧場に鼠色したテントの小屋をかけた。牛と豚とは、飼主の納屋に移転したのである。 夜、村のひとたちは頬被りして二人三人ずつかたまってテントのなかにはいっていった。六、七十人のお客であった。少年は大人たちを殴りつけては押しのけ・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  13. ・・・空は低く鼠色。雨は、もうやんでいる。島は、甲板から百メートルと離れていない。船は、島の岸に沿うて、平気で進む。私にも、少しわかって来た。つまり船は、この島の陰のほうに廻って、それから碇泊するのだろうと思った。そう思ったら、少し安心した。私は・・・<太宰治「佐渡」青空文庫>
  14. ・・・着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。 ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。 私がわるいことをし・・・<太宰治「葉」青空文庫>
  15. ・・・ 紙の色は鈍い鼠色で、ちょうど子供等の手工に使う粘土のような色をしている。片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような縞目が目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目・・・<寺田寅彦「浅草紙」青空文庫>
  16. ・・・これも粗末ではあるが、鼠色がかった白釉の肌合も、鈍重な下膨れの輪郭も、何となく落ちついていい気持がするので、試しに代価を聞いてみると七拾銭だという。それを買う事にして、そして前の欠けた壷と二つを持って帰ろうとするが、主人はそれでも承知してく・・・<寺田寅彦「ある日の経験」青空文庫>
  17. ・・・いつもバンドのとれたよごれた鼠色のフェルト帽を目深に冠っていて、誰も彼の頭の頂上に髪があるかないかを確かめたものはないという話であった。その頃の羅宇屋は今のようにピーピー汽笛を鳴らして引いて来るのではなくて、天秤棒で振り分けに商売道具をかつ・・・<寺田寅彦「喫煙四十年」青空文庫>
  18. ・・・浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく、口のききようも至極穏かであったので、舞台の仕事がすんで、黒い仕事着を渋い好みの着物に着かえ、夏は鼠色の半コート、冬は角袖茶色のコートを襲ねたりすると、実直な商人としか・・・<永井荷風「草紅葉」青空文庫>
  19. ・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・<永井荷風「妾宅」青空文庫>
  20. ・・・そして其処には使捨てた草楊枝の折れたのに、青いのや鼠色の啖唾が流れきらずに引掛っている。腐りかけた板ばめの上には蛞蝓の匐た跡がついている。何処からともなく便所の臭気が漲る。 衛生を重ずるため、出来る限りかかる不潔を避けようためには県知事・・・<永井荷風「夏の町」青空文庫>
  21. ・・・彼は白足袋に角帯で単衣の下から鼠色の羽二重を掛けた襦袢の襟を出していた。「今日はだいぶしゃれてるじゃないか」「昨夕もこの服装ですよ。夜だからわからなかったんでしょう」 自分はまた黙った。それからまたこんな会話を二、三度取りかわし・・・<夏目漱石「手紙」青空文庫>
  22. ・・・ 鼻の先から出る黒煙りは鼠色の円柱の各部が絶間なく蠕動を起しつつあるごとく、むくむくと捲き上がって、半空から大気の裡に溶け込んで碌さんの頭の上へ容赦なく雨と共に落ちてくる。碌さんは悄然として、首の消えた方角を見つめている。 しばらく・・・<夏目漱石「二百十日」青空文庫>
  23. ・・・頭巾の附いた、鼠色の外套の長いのをはおっているが、それが穴だらけになっている。爺いさんはパンと腸詰とを、物欲しげにじっと見ている。 一本腕は何一つ分けてやろうともせずに、口の中の物をゆっくり丁寧に噬んでいる。 爺いさんは穹窿の下を、・・・<著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外「橋の下」青空文庫>
  24. ・・・ひばりの子は、ありがとうと言うようにその鼠色の顔をあげました。 ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり跳び退きました。そして声をたてて逃げました。 その時、空からヒュウと矢のように降りて来たものがあります。ホモイは立ちどまって、ふ・・・<宮沢賢治「貝の火」青空文庫>
  25. ・・・丘の途中の小さな段を一つ越えて、ひょっと上の栗の木を見ますと、たしかにあの赤髪の鼠色のマントを着た変な子が草に足を投げ出して、だまって空を見上げているのです。今日こそ全く間違いありません。たけにぐさは栗の木の左の方でかすかにゆれ、栗の木のか・・・<宮沢賢治「風野又三郎」青空文庫>
  26. ・・・ 列車は、婆さんが鼠色のコートにくるまって不機嫌で愚かな何かの怪のように更に遠く辿って行くだろう疎林の小径を右に見て走った。〔一九二七年十二月〕<宮本百合子「一隅」青空文庫>
  27. ・・・私は仔熊のような防寒靴をはいたまま、外套も着たまま腰かけてそれを聴いていて、好意を感じた。鼠色のフランネルの襯衣を着たりして、手の赤い楽師たちのその熱心さのなかには、人類の芸術の宝をもう一度本当に自分たちのものとして持ち直そうとしている、そ・・・<宮本百合子「映画」青空文庫>
  28. ・・・そしてあちこちにある樅の木立は次第に濃くなる鼠色に漬されて行く。 七人の知らぬ子供達は皆じいっとして、木精の尻声が微かになって消えてしまうまで聞いている。どの子の顔にも喜びの色が輝いている。その色は生の色である。 群れを離れてやはり・・・<森鴎外「木精」青空文庫>
  29. ・・・ 黒の縁を取った鼠色の洋服を着ている。 東洋で生れた西洋人の子か。それとも相の子か。 第八の娘は裳のかくしから杯を出した。 小さい杯である。 どこの陶器か。火の坑から流れ出た熔巌の冷めたような色をしている。 七人の娘・・・<森鴎外「杯」青空文庫>
  30. ・・・外は曇って鼠色の日になっていましても、壁には晴れた日の色が残っているのでございます。本当に国の方は鼠色の日ばかりでございますね。それなのにわたくしの部屋はいつも晴やかでございます。窓には白い、透いて見える窓帷が懸けてあります。その向うには白・・・<著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外「白」青空文庫>