の‐はら【野原】例文一覧 30件

  1. ・・・王命を果した金将軍は桂月香を背負いながら、人気のない野原を走っていた。野原の涯には残月が一痕、ちょうど暗い丘のかげに沈もうとしているところだった。金将軍はふと桂月香の妊娠していることを思い出した。倭将の子は毒蛇も同じことである。今のうちに殺・・・<芥川竜之介「金将軍」青空文庫>
  2. ・・・ 穂積中佐は微笑した眼に、広い野原を眺めまわした。もう高粱の青んだ土には、かすかに陽炎が動いていた。「それもまた大成功さ。――」 中村少佐は話し続けた。「閣下は今夜も七時から、第×師団の余興掛に、寄席的な事をやらせるそうだぜ・・・<芥川竜之介「将軍」青空文庫>
  3. ・・・ 畑の中に生えている百合は野原や山にあるやつと違う。この畑の持ち主以外に誰も取る事は許されていない。――それは金三にもわかっていた。彼はちょいと未練そうに、まわりの土へ輪を描いた後、素直に良平の云う事を聞いた。 晴れた空のどこかには・・・<芥川竜之介「百合」青空文庫>
  4. ・・・広い野原に来ていました。どっちを見ても短い草ばかり生えた広い野です。真暗に曇った空に僕の帽子が黒い月のように高くぶら下がっています。とても手も何も届きはしません。飛行機に乗って追いかけてもそこまでは行けそうにありません。僕は声も出なくなって・・・<有島武郎「僕の帽子のお話」青空文庫>
  5. ・・・そして私がそれを着て出まして、指環を受取りますつもりなのでございましたが、なぶってやろう、とおっしゃって、奥様が御自分に烏の装束をおめし遊ばして、塀の外へ――でも、ひょっと、野原に遊んでいる小児などが怪しい姿を見て、騒いで悪いというお心付き・・・<泉鏡花「紅玉」青空文庫>
  6. ・・・「でも、貴方様まるで野原でござります。お児達の歩行いた跡は、平一面の足跡でござりまするが。」「むむ、まるで野原……」 と陰気な顔をして、伸上って透かしながら、「源助、時に、何、今小児を一人、少し都合があって、お前達の何だ、小・・・<泉鏡花「朱日記」青空文庫>
  7. ・・・花の様な美しかった形はもうどこかに行ってしまった様になって野原の岩によりかかってミイラの様になって死んでしまった。一体女と云うものは一生たよるべき男は一人ほかないはずだのに其の自分の身持がわるいので出されて又、後夫を求める様になっては女も終・・・<著:井原西鶴 訳:宮本百合子「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」青空文庫>
  8. ・・・その道筋は軌道を越して野原の方へ這入り込む。この道は暗緑色の草がほとんど土を隠す程茂っていて、その上に荷車の通った轍の跡が二本走っている。 薄ら寒い夏の朝である。空は灰色に見えている。道で見た二三本の立木は、大きく、不細工に、この陰気な・・・<著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外「女の決闘」青空文庫>
  9. ・・・そして町を離れて、野原の細道をたどる時分にはまた、彼のよい音色が、いろいろの物音の間をくぐり抜けてくるように、遠く町の方から聞こえてきました。 その翌日から、さよ子は二階の欄干に出て、このよい音色に耳を傾けたときには、ああやはりいまごろ・・・<小川未明「青い時計台」青空文庫>
  10. 一 小さな芽 小さな木の芽が土を破って、やっと二、三寸ばかりの丈に伸びました。木の芽は、はじめて広い野原を見渡しました。大空を飛ぶ雲の影をながめました。そして、小鳥の鳴き声を聞いたのであります。(ああ、これが世の中と考えました。・・・<小川未明「明るき世界へ」青空文庫>
  11. ・・・習慣で自分はよく近くの野原を散歩する。新しい家の普請が到るところにあった。自分はその辺りに転っている鉋屑を見、そして自分があまり注意もせずに煙草の吸殻を捨てるのに気がつき、危いぞと思った。そんなことが頭に残っていたからであろう、近くに二度ほ・・・<梶井基次郎「泥濘」青空文庫>
  12. ・・・へ南へ伸びて行こうとして十何年か前までは草深い田舎であった土地をどんどん住宅や学校、病院などの地帯にしてしまい、その間へはまた多くはそこの地元の百姓であった地主たちの建てた小さな長屋がたくさんできて、野原の名残りが年ごとにその影を消していき・・・<梶井基次郎「のんきな患者」青空文庫>
  13. ・・・路は野原の薄を分けてやや爪先上の処まで来ると、ちらと自分の眼に映ったのは草の間から現われている紙包。自分は駈け寄って拾いあげて見ると内に百円束が一個。自分は狼狽て懐中にねじこんだ。すると生徒が、「先生何に?」と寄って来て問うた。「何・・・<国木田独歩「酒中日記」青空文庫>
  14. ・・・あるいは麦畑の一端、野原のままで残り、尾花野菊が風に吹かれている。萱原の一端がしだいに高まって、そのはてが天ぎわをかぎっていて、そこへ爪先あがりに登ってみると、林の絶え間を国境に連なる秩父の諸嶺が黒く横たわッていて、あたかも地平線上を走って・・・<国木田独歩「武蔵野」青空文庫>
  15. ・・・二人はじぶんたちの馬が草を食べている野原をとおっていきました。そうすると女は、途中で、あんまり遠いから、私はよして家へかえりたいと言いました。ギンは、「だって今日ばかりは、どうしても二人でいかなければいけない。歩くのがいやなら、お前だけ・・・<鈴木三重吉「湖水の女」青空文庫>
  16. ・・・ 火災からひなんしたすべての人たちのうち、おそらく少くとも百二十万以上の人は、ようやくのことで、上にあげた、それぞれの広地や、郊外の野原なぞにたどりつき、飲むものも食べるものもなしに、一晩中、くらやみの地上におびえあつまっていたのです。・・・<鈴木三重吉「大震火災記」青空文庫>
  17. ・・・「海があんまり緑ですから、雲雀は野原だと思っているんでしょう」 とおかあさんは説き明かしました。 とたちまち霧は消えてしまって、空は紺青に澄みわたって、その中を雲雀がかけていました。遠い遠い所に木のしげった島が見えます。白砂の上・・・<著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎「真夏の夢」青空文庫>
  18. ・・・一面の焼野原、市松の浴衣着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢・・・<太宰治「ア、秋」青空文庫>
  19. ・・・ 私はいまでも、はっきり記憶しているが、私はその短篇集を読んで感慨に堪えず、その短篇集を懐にいれて、故郷の野原の沼のほとりに出て、うなだれて徘徊し、その短篇集の中の全部の作品を、はじめから一つ一つ、反すうしてみて、何か天の啓示のように、・・・<太宰治「『井伏鱒二選集』後記」青空文庫>
  20. ・・・この似つかぬことと広い野原とがなんとなくその胸を痛めた。一時とだえた追懐の情が流るるように漲ってきた。 母の顔、若い妻の顔、弟の顔、女の顔が走馬燈のごとく旋回する。欅の樹で囲まれた村の旧家、団欒せる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  21. ・・・ところが何時の間にか伝統の縄張りが朽ちて跡方もなくなって、普通選挙の広い野原が解放されてしまった。これはいい事だか悪い事だか見当が付かないが、ともかくもどうする事も出来ない事実である。 そうなると、批評というものの意味はもう昔とは大分違・・・<寺田寅彦「帝展を見ざるの記」青空文庫>
  22. ・・・ 田園調布の町も尾久三河島あたりの町々も震災のころにはまだ薄の穂に西風のそよいでいた野原であった。 雑司ヶ谷、目黒、千駄ヶ谷あたりの開けたのは田園調布あたりよりもずっと時を早くしていた。そのころそのあたりに頻と新築せられる洋室付の貸・・・<永井荷風「葛飾土産」青空文庫>
  23. ・・・裏の窓より見渡せば見ゆるものは茂る葉の木株、碧りなる野原、及びその間に点綴する勾配の急なる赤き屋根のみ。西風の吹くこの頃の眺めはいと晴れやかに心地よし。 余は茂る葉を見ようと思い、青き野を眺めようと思うて実は裏の窓から首を出したのである・・・<夏目漱石「カーライル博物館」青空文庫>
  24. ・・・ ――この上に、無限に高い空と、突っかかって来そうな壁の代りに、屋根や木々や、野原やの――遙なる視野――があればなあ、と私は淋しい気持になった。 陰鬱の直線の生活! 監獄には曲線がない。煉瓦! 獄舎! 監守の顔! 塀! 窓! 窓・・・<葉山嘉樹「牢獄の半日」青空文庫>
  25. ・・・素敵に灼きをかけられてよく研かれた鋼鉄製の天の野原に銀河の水は音なく流れ、鋼玉の小砂利も光り岸の砂も一つぶずつ数えられたのです。 またその桔梗いろの冷たい天盤には金剛石の劈開片や青宝玉の尖った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水・・・<宮沢賢治「インドラの網」青空文庫>
  26. ・・・ 噴火がやっとしずまると、野原や丘には、穂のある草や穂のない草が、南の方からだんだん生えて、とうとうそこらいっぱいになり、それから柏や松も生え出し、しまいに、いまの四つの森ができました。けれども森にはまだ名前もなく、めいめい勝手に、おれ・・・<宮沢賢治「狼森と笊森、盗森」青空文庫>
  27. ・・・ああ、野原野原。私の慾しいものは、宝石よりも館よりも、唯一ふき、そよそよと新鮮に、瑞々しく、曠野の果から吹いて来る朝の軽風である。 図らぬ時に、私の田園への郷愁が募った。いつか、檜葉の梢の鳥は去って、庭の踏石の傍に、一羽の雀が降りて居・・・<宮本百合子「餌」青空文庫>
  28. ・・・ 一月ほど日が立つ間には、川で雑魚をすくって居る娘も見たし野原の木の下で小さくて美くしい本によみふけって居るのも見たけれ共、娘が一人で居れば居るほどその傍を通る時は知らず知らずの間に早足にいそいで居るのだった。 雨のしとしとと降って・・・<宮本百合子「グースベリーの熟れる頃」青空文庫>
  29. ・・・、見捨て、さて陣鉦や太鼓に急き立てられて修羅の街へ出かければ、山奥の青苔が褥となッたり、河岸の小砂利が襖となッたり、その内に……敵が……そら、太鼓が……右左に大将の下知が……そこで命がなくなッて、跡は野原でこのありさまだ。死ぬ時にはさぞもが・・・<山田美妙「武蔵野」青空文庫>
  30. ・・・外は色の白けた、なんということもない三月頃の野原である。谷間のように窪んだ所には、汚れた布団を敷いたように、雪が消え残っている。投げた烟草の一点の火が輪をかいて飛んで行くのを見送る目には、この外の景色が這入った。如何にも退屈な景色である。腰・・・<著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外「白」青空文庫>