ばく‐ぜん【漠然】例文一覧 26件

  1. ・・・ が、風説は雲を攫むように漠然として取留めがなく、真相は終に永久に葬むられてしまったが、歓楽極まって哀傷生ず、この風説が欧化主義に対する危惧と反感とを長じて終に伊井内閣を危うするの蟻穴となった。二相はあたかも福原の栄華に驕る平家の如くに・・・<内田魯庵「四十年前」青空文庫>
  2.  朝から粉雪が舞いはじめて、ひる過ぎからシトシトと牡丹雪だった。夕方礼吉は雪をふんで見合に出掛けた。雪の印象があまり強すぎたせいか、肝賢の相手の娘さんの印象がまるで漠然として掴めなかった。翌朝眼がさめると、もうその娘さんの顔・・・<織田作之助「妻の名」青空文庫>
  3. ・・・それでこういった漠然としたところをつけてくれたんじゃないでしょうか」「いやどうしてなかなか、よくおやじの面目をつかんでるよ。外空居士もう今ごろはどの辺まで往ってるか……」 いつまでも尽きないおやじの話で、私たちは遅くまで酒を飲んだ。・・・<葛西善蔵「父の葬式」青空文庫>
  4. ・・・ 近代科学の使徒の一人が、堯にはじめてそれを告げたとき、彼の拒否する権限もないそのことは、ただ彼が漠然忌み嫌っていたその名称ばかりで、頭がそれを受けつけなかった。もう彼はそれを拒否しない。白い土の石膏の床は彼が黒い土に帰るまでの何年かの・・・<梶井基次郎「冬の日」青空文庫>
  5. ・・・るべき筈はないのである、死者は何の感ずる所なく、知る所なく、喜びもなく、悲しみもなく、安眠・休歇に入って了うのに、之を悼惜し慟哭する妻子・眷族其他の生存者の悲哀が幾万年か繰返されたる結果として、何人も漠然死は悲しむべし恐るべしとして怪しまぬ・・・<幸徳秋水「死生」青空文庫>
  6. ・・・もっとも普通の世間の人の口にする科学という語の包括する漠然とした概念の中には、たとえばラジオとか飛行機とか紫外線療法とかいうようなものがある。しかしこれらは科学の産み出した生産物であって学そのものとは区別さるべきものであろう。また通俗科学雑・・・<寺田寅彦「科学と文学」青空文庫>
  7. ・・・しまりがない。漠然として捕捉すべき筋が貫いておらん。しかし彼らから云うとこうである。筋とは何だ。世の中は筋のないものだ。筋のないもののうちに筋を立てて見たって始まらないじゃないか。どんな複雑な趣向で、どんな纏った道行を作ろうとも畢竟は、雑然・・・<夏目漱石「写生文」青空文庫>
  8. ・・・uneasyと云う語は漠然たる心の状態をあらわすようであるが実は非常に鋭敏なよく利く言葉であります。例えば椅子の足の折れかかったのに腰をかけて uneasy であるとか、ズボン釣りを忘れたためズボンが擦り落ちそうで uneasy であるとか・・・<夏目漱石「文芸の哲学的基礎」青空文庫>
  9. ・・・此条漠然として取留なし。要するに婦人がおしゃべりなれば自然親類の附合も丸く行かずして家に風波を起すゆえに離縁せよとの趣意ならんなれども、多言寡言に一定の標準を定め難し。此の人に多言と聞えても彼の人には寡言と思われ、甲の耳に寡言なるも乙の聞く・・・<福沢諭吉「女大学評論」青空文庫>
  10. ・・・従前婦人病と言えば唯、漠然血の道とのみ称し、其事の詳なるは唯医師の言を聞くのみにして、素人の間には曾て言う者もなく聞く者もなかりしに、近年は日常交際の談話に公然子宮の語を用いて憚る所なく、売薬の看板にさえ其文字を見るのみならず、甚しきは婦人・・・<福沢諭吉「新女大学」青空文庫>
  11.  句合の題がまわって来た。先ず一番に月という題がある。凡そ四季の題で月というほど広い漠然とした題はない。花や雪の比でない。今夜は少し熱があるかして苦しいようだから、横に寝て句合の句を作ろうと思うて蒲団を被って験温器を脇に挟みながら月の句・・・<正岡子規「句合の月」青空文庫>
  12. ・・・一太は、ただ漠然いつ朝鮮へ行くのだろうと思った。この頃一太の母はこうして訪ねた先々で朝鮮行きのことを話した。一太にも話した。母親は一太をつかまえて大人に相談するように、「ねえ一ちゃん。いっそ朝鮮のおじさんとこへでも行くかねえ。こういいめ・・・<宮本百合子「一太と母」青空文庫>
  13. ・・・そういう愛情は日本の社会でいわば公認の愛の局面であるが、自分に向けられる母の愛、気づかい、心配などを、有難いとともに漠然負担に感じないで暮している娘さんたちが今日はたして何人あるだろうか。日本の女の自己犠牲の深さということを一方においてみる・・・<宮本百合子「女の自分」青空文庫>
  14. ・・・ぶらぶら歩いていると、漠然、自然と人間生活の緩漫な調和、譲り合い持ち合いという気分を感じ長閑になる。つまり、畑や電柱、アンテナなどに文明の波が柔く脈打っているため、威圧的でない程度に自然が浮き上り、一種の田園美をなしている。いつか、長崎村附・・・<宮本百合子「是は現実的な感想」青空文庫>
  15. ・・・という言葉の本体さえ見きわめられず、漠然、作家も大衆の感情を感情せよという風な流行が生じ、そのことは結果として、あり来った純文学の単純な在来の通俗化をひき起したりしている。『文学界』六月号所載川上喜久子氏の「郷愁」という作品などは、文学の大・・・<宮本百合子「今日の文学に求められているヒューマニズム」青空文庫>
  16. ・・・として」その社会的良心を云々しようとすること並に、「人間性の全体的表現は行為的瞬間に直観的に認識される」と漠然規定して人間行為の社会関係を抽出してしまっていること等は、創作方法におけるリアリズムの理解にあたって、文学は文学そのものとして常に・・・<宮本百合子「今日の文学の展望」青空文庫>
  17. ・・・それに対して漠然直感されている各人の日頃からの感想というようなものも、その題への一瞥と同時に動かされて来るのを感じると思う。自分たちが嘗てはそのものであった学生、兄や弟や仲間たちが皆そうである学生、よろこんだり悲しんだり不幸をもったりして成・・・<宮本百合子「生態の流行」青空文庫>
  18. ・・・あながち志壮なるが故にではなく、ごく古くからありふれた習俗の枠にはまった考えかたで、恋愛と青春の放埒と漠然混同し、その場その場で精神と肉体とを誘い込む様々の模造小路を彷徨しつつ、身を堅める時は結婚する時という風な生き方である。 そういう・・・<宮本百合子「成長意慾としての恋愛」青空文庫>
  19. ・・・ 夜とともに、砂漠には、底に潜んだほとぼりと、当途ない漠然とした不安が漲った。 稲妻が、テイブル・ランドの頂で閃いた。月はない。半睡半醒の夜は過敏だ。――アリゾナ―― 青みどろの蔓った一つの沼。 四辺一面草の茂った沢・・・<宮本百合子「翔び去る印象」青空文庫>
  20. ・・・僅かの旅客の後に跟き、私共は漠然期待や好奇心に満ちて改札口を出た。赤帽と、合羽を着た数人の俥夫が我々をとり巻いた。「お宿はどこです」「お俥になさいますか」「――ふむ――まだ宿をきめていないんだが、長崎ホテル、やっていますか」・・・<宮本百合子「長崎の印象」青空文庫>
  21. ・・・何故なら特別な一部の人々を除いた大多数の読者は、読者自身何もはっきりとした判断のよりどころというものを持っていないのであるが、漠然この現実とブルジョア文学だけではあきたらぬ心持を托して読むのであるから、一方からいうとプロレタリア文学は今日些・・・<宮本百合子「プロ文学の中間報告」青空文庫>
  22. ・・・ そんな断り書をつける位なら、漠然として、現実の影響力のない本文かというと、どうして。筆者がこの数万語で煽ろうとしている民族の対立は本能である、というにくむべき侵略主義の煽動、ソヴェト同盟についての非科学的なデマゴギー、「第二次世界戦争・・・<宮本百合子「文芸時評」青空文庫>
  23. ・・・ 自ら尾世川の心にも漠然とした感慨が湧いて来たらしく、彼は暫く黙り込んで、自分の鼻から出る朝日の煙を眺めていたが、「――そろそろ始めましょうか」 吸殻を、灰の堅い火鉢の隅へねじ込んだ。尾世川のところにはたった一つ、剥げかけた一閑・・・<宮本百合子「帆」青空文庫>
  24. ・・・ 腰をかがめてその声の方を覗き、ジェルテルスキーは意外さと漠然とした当惑とで、「おお」 蒼白い顔を少し赧らめた。再び金髪をかき上げる暇もなく、彼はブーキン夫人の有名な饒舌に捕まった。「ああ、レオニード・グレゴリウィッチ! お・・・<宮本百合子「街」青空文庫>
  25. ・・・人民の諸権利についての具体的条項は、漠然としてしか扱われていない。ましてや、この特異な日本憲法において、全人口の半ばを占める女子の社会的地位を、男女平等の人民として規定しているような条項は、一つもないのである。それは、明治というものの本質か・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>
  26. ・・・との主義はあまりに漠然たるものである。絶対の物質超越は死に至る。吾人は死を辞せない、死を恐れない。ただ霊的執着のために此世に活き此界に動く。ゆえに吾人の生活は心霊の光彩を帯びなければならぬ。生活の困難に嘆かず黄金に屈服せざるは死を恐るる人に・・・<和辻哲郎「霊的本能主義」青空文庫>