ろ‐ぼう〔‐バウ〕【路傍】例文一覧 30件

  1. ・・・けれども保吉の内生命には、――彼の芸術的情熱には畢に路傍の行人である。その路傍の行人のために自己発展の機会を失うのは、――畜生、この論理は危険である! 保吉は突然身震いをしながら、クッションの上に身を起した。今もまたトンネルを通り抜けた・・・<芥川竜之介「十円札」青空文庫>
  2. ・・・李小二は丁度、商売から帰る所で、例の通り、鼠を入れた嚢を肩にかけながら、傘を忘れた悲しさに、ずぶぬれになって、市はずれの、人通りのない路を歩いて来る――と、路傍に、小さな廟が見えた。折から、降りが、前よりもひどくなって、肩をすぼめて歩いてい・・・<芥川竜之介「仙人」青空文庫>
  3. ・・・人の知った名水で、並木の清水と言うのであるが、これは路傍に自から湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝の土手上に廂を構えた、本家は別の、出茶屋だけれども、ちょっと見霽の座敷もある。あの低い松の枝の地紙形・・・<泉鏡花「瓜の涙」青空文庫>
  4. ・・・道すがら、既に路傍の松山を二処ばかり探したが、浪路がいじらしいほど気を揉むばかりで、茸も松露も、似た形さえなかったので、獲ものを人に問うもおかしいが、且は所在なさに、連をさし置いて、いきなり声を掛けたのであったが。「いいえ、実盛塚へは―・・・<泉鏡花「小春の狐」青空文庫>
  5. ・・・やがて自分は路傍の人と別れるように、その荒廃の跡を見捨てて去った。水を恐れて連夜眠れなかった自分と、今の平気な自分と、何の為にしかるかを考えもしなかった。 家族の逃げて行った二階は七畳ばかりの一室であった。その家の人々の外に他よりも四、・・・<伊藤左千夫「水害雑録」青空文庫>
  6. ・・・忘れん慈父の訓 飄零枉げて受く美人の憐み 宝刀一口良価を求む 貞石三生宿縁を証す 未だ必ずしも世間偉士無からざるも 君が忠孝の双全を得るに輸す     浜路一陣のこうふう送春を断す 名花空しく路傍の塵に委す 雲鬟影を吹いて緑地に粘す・・・<内田魯庵「八犬伝談余」青空文庫>
  7. ・・・丁度植物学者が路傍の雑草にまで興味を持って精しく研究すると同一の態度であった。 この点では私は全く反対であった。私は自分が悪文家であるからでもあろうが、夙くから文章を軽蔑する極端なる非文章論を主張し、かつて紅葉から文壇の野獣視されて、君・・・<内田魯庵「二葉亭余談」青空文庫>
  8. ・・・そして、路傍に咲いているたんぽぽの花は馬に踏まれて砕かれてしまいました。 野原の上は静かになりました。あくる日もあくる日もいい天気で、もう馬は通らなかった。<小川未明「いろいろな花」青空文庫>
  9. ・・・が、それは足が穿いている下駄ではなかった。路傍に茣蓙を敷いてブリキの独楽を売っている老人が、さすがに怒りを浮かべながら、その下駄を茣蓙の端のも一つの上へ重ねるところを彼は見たのである。「見たか」そんな気持で堯は行き過ぎる人びとを振り返っ・・・<梶井基次郎「冬の日」青空文庫>
  10. ・・・志村も同じ心、後になり先になり、二人で歩いていると、時々は路傍に腰を下ろして鉛筆の写生を試み、彼が起たずば我も起たず、我筆をやめずんば彼もやめないという風で、思わず時が経ち、驚ろいて二人とも、次の一里を駆足で飛んだこともあった。 爾来数・・・<国木田独歩「画の悲み」青空文庫>
  11. ・・・というのは上る時は少も気がつかなかったが路傍にある木の枝から人がぶら下っていたことです。驚きましたねエ、僕は頭から冷水をかけられたように感じて、其所に突立って了いました。「それでも勇気を鼓して近づいてみると女でした、無論その顔は見えない・・・<国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」青空文庫>
  12. ・・・そして、路傍に群がって珍らしげに見物している子供達をあとに、次のB村、H村へ走った。五 十一月になった。 ある夜、トシエは子を産んだ。兄は、妻の産室に這入った。が、赤ン坊の叫び声はなかった。分娩のすんだトシエは、細くなっ・・・<黒島伝治「浮動する地価」青空文庫>
  13. ・・・やがて、路傍の草が青い芽を吹きだした。と、向うの草原にも、こちらの丘にも、処々、青い草がちら/\しだした。一週間ほどするうちに、それまで、全く枯野だった草原が、すっかり青くなって、草は萌え、木は枝を伸し、鵞や鶩が、そここゝを這い廻りだした。・・・<黒島伝治「雪のシベリア」青空文庫>
  14. ・・・三つばかり買いてなお進み行くに、路傍に清水いづるところあり。椀さえ添えたるに、こしかけもあり。草を茵とし石を卓として、谿流のえいかいせる、雲烟の変化するを見ながら食うもよし、かつ価も廉にして妙なりなぞとよろこびながら、仰いで口中に卵を受くる・・・<幸田露伴「突貫紀行」青空文庫>
  15. ・・・ 年とった嫂だけは山駕籠、その他のものは皆徒歩で、それから一里ばかりある静かな山路を登った。路傍に咲く山つつじでも、菫でも、都会育ちの末子を楽しませた。登れば登るほど青く澄んだ山の空気が私たちの身に感じられて来た。旧い街道の跡が一筋目に・・・<島崎藤村「嵐」青空文庫>
  16. ・・・脚は固かった。路傍の白楊の杙であった。私は泥にうつぶして、いまこそおいおい声をたてて泣こう泣こうとあせったけれど、あわれ、一滴の涙も出なかった。     くろんぼ くろんぼは檻の中にはいっていた。檻の中は一坪ほどのひろさであ・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  17. ・・・黄昏の巷、風を切って歩いた。路傍のほの白き日蓮上人、辻説法跡の塚が、ひゅっと私の視野に飛び込み、時われに利あらずという思いもつかぬ荒い言葉が、口をついて出て、おや? と軽くおどろき、季節に敗けたから死ぬるのか、まさか、そうではあるまいな? ・・・<太宰治「狂言の神」青空文庫>
  18. ・・・高粱の高い影は二間幅の広い路を蔽って、さらに向こう側の高粱の上に蔽い重なった。路傍の小さな草の影もおびただしく長く、東方の丘陵は浮き出すようにはっきりと見える。さびしい悲しい夕暮れは譬え難い一種の影の力をもって迫ってきた。 高粱の絶えた・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  19. ・・・何も人間が通るのに、評判を立てるほどのこともないのだが、淋しい田舎で人珍しいのと、それにこの男の姿がいかにも特色があって、そして鶩の歩くような変てこな形をするので、なんともいえぬ不調和――その不調和が路傍の人々の閑な眼を惹くもととなった。・・・<田山花袋「少女病」青空文庫>
  20. ・・・途上の人は大きな小説中の人物になって路傍の石塊にも意味が出来る。君は文学者になったらいいだろうと自分は言った事もあるが、黒田は医科をやっていた。 あの頃よく話の種になったイタリア人がある。名をジュセッポ・ルッサナとかいって、黒田の宿の裏・・・<寺田寅彦「イタリア人」青空文庫>
  21. ・・・目と髪の黒い女が水たまりのまわりに集まってせんたくをしているそばには鶏が群れ遊び、豚が路傍で鳴いています。バチカンも一部見ましたが、ここの名物はうまい物ばかりのようであります。     ベルリンから 今ここのベルリイナア・・・<寺田寅彦「先生への通信」青空文庫>
  22. ・・・ わたくしは戦後人心の赴くところを観るにつけ、たまたま田舎の路傍に残された断碑を見て、その行末を思い、ここにこれを識した。時維昭和廿二年歳次丁亥臘月の某日である。        ○ 千葉街道の道端に茂っている八幡不知の藪・・・<永井荷風「葛飾土産」青空文庫>
  23. ・・・ 路傍にしゃがんで休みながらこんな話をした。その頃われわれが漢籍の種別とその価格とについて少しく知る所のあったのは、わたしと倶に支那語を学んでいた島田のおかげである。ここに少しく彼について言わなければならない。島田、名は翰、自ら元章と字・・・<永井荷風「梅雨晴」青空文庫>
  24. ・・・蝮蛇は之を路傍に見出した時土塊でも木片でも人が之を投げつければ即時にくるくると捲いて決して其所を動かない。そうして扁平な頭をぶるぶると擡げるのみで追うて人を噛むことはない。太十も甞て人を打擲したことがなかった。彼はすぐ怒るだけに又すぐに解け・・・<長塚節「太十と其犬」青空文庫>
  25. ・・・駆の困難を勘定に入れないにしたところでわずかその半に足らぬ歳月で明々地に通過し了るとしたならば吾人はこの驚くべき知識の収穫を誇り得ると同時に、一敗また起つ能わざるの神経衰弱に罹って、気息奄々として今や路傍に呻吟しつつあるは必然の結果としてま・・・<夏目漱石「現代日本の開化」青空文庫>
  26. ・・・昔の馬鹿侍が酔狂に路傍の小民を手打にすると同様、情け知らずの人非人として世に擯斥せらる可きが故に、斯る極端の場合は之を除き、全体を概して言えば婚姻法の実際に就き女子に大なる不平はなかる可し。一 父母が女子の為めに配偶者を求むるは至極の便・・・<福沢諭吉「新女大学」青空文庫>
  27. ・・・田舎へ行脚に出掛けた時なども、普通の旅籠の外に酒一本も飲まぬから金はいらぬはずであるが、時々路傍の茶店に休んで、梨や柿をくうのが僻であるから、存外に金を遣うような事になるのであった。病気になって全く床を離れぬようになってからは外に楽みがない・・・<正岡子規「くだもの」青空文庫>
  28. ・・・は、鹿が路傍に遊ぶ所です。そして古代芸術の永久に保存される所、人が永久に平安に暮せる所でしょう。少くとも私は之を信じたいのです。〔一九一八年五月〕<宮本百合子「「奈良」に遊びて」青空文庫>
  29. ・・・われよりの願いと人に知られで宮づかえする手だてもがなとおもい悩むほどに、この国をしばしの宿にして、われらを路傍の岩木などのように見もすべきおん身が、心の底にゆるぎなき誠をつつみたもうと知りて、かねてわが身いとおしみたもうファブリイス夫人への・・・<森鴎外「文づかい」青空文庫>
  30. ・・・しからばあとに残されたのは、皇居離宮などのまわりをうろつくか、または行幸啓のときに路傍に立つことのみである。それは平時二重橋前に集まり、また行幸啓のとき路傍に立っている人々の行為と、なんら異なったものでない。それは我々の経験によれば、警衛で・・・<和辻哲郎「蝸牛の角」青空文庫>