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かん‐こう〔‐カウ〕【刊行】例文一覧 30件

  1. ・・・話題は多分刊行中の長塚節全集のことだったであろう。島木さんは談の某君に及ぶや、苦笑と一しょに「下司ですなあ」と言った。それは「下」の字に力を入れた、頗る特色のある言いかただった。僕は某君には会ったことは勿論、某君の作品も読んだことはない。し・・・<芥川竜之介「島木赤彦氏」青空文庫>
  2. ・・・ 今この夏、またこの書を稿し、来たりて余に詢るに刊行のことをもってす。よってこれに答えて曰く。この文をもってこの挙あり。なんぞ詢るの用あらん。しかるに詢る。余いずくんぞ一言なきを得んや。古人初めて陳ぶるに臨まば奇功多からざらんを欲す。そ・・・<田口卯吉「将来の日本」青空文庫>
  3. ・・・保存されていたのを同氏没後満三十年の今日記念のためにという心持ちでそっくりそれを複製して、これに原文のテキストと並行した小泉一雄氏の邦文解説を加えさらに装幀の意匠を凝らしてきわめて異彩ある限定版として刊行したものだそうである。 なんとい・・・<寺田寅彦「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」青空文庫>
  4. ・・・という意味から出て、それから日刊の印刷物、ひいてはあらゆる定期的週期的刊行物を意味することになったのだそうである。そういう出版物を経営し、またその原稿を書いて衣食の料として生活している人がジャーナリストであり、そういう人の仕事がすなわちジャ・・・<寺田寅彦「ジャーナリズム雑感」青空文庫>
  5. ・・・という名前をつけて一週間に一回くらいずつ発行したのが存外持続して最近には第九号が刊行されたようである。表紙画は順番で受け持つ事になっているらしい。 出品画を書いているうちは、ひどく人の見るのを厭がって、みんな方々の部屋の隅へ頭をつっこん・・・<寺田寅彦「小さな出来事」青空文庫>
  6. ・・・が消えてしまえば世界はやはりそれだけさびしくなるのである。 以上執筆中雑誌「文学」の八月特集号「自然の文学」が刊行された。その中には、日本の文学と日本の自然との関係が各方面の諸家によって詳細に論述されている。読者はそれらの有益な・・・<寺田寅彦「日本人の自然観」青空文庫>
  7. ・・・ この必要に応ずる最も手近なものは、週刊、旬刊ないしは月刊の刊行物である。名前はやはり新聞でもそれはさしつかえないが、ともかくも現在の日刊新聞の短所と悪弊をなるべく除去して、しかもここに仮定した必要の知識を必要な程度まで供給する刊行物で・・・<寺田寅彦「一つの思考実験」青空文庫>
  8. ・・・ もう一度はK社の主催でA派の歌人の歌集刊行記念会といったようなものを芝公園のレストーランで開いた時の事である。食卓で幹事の指名かなんかでテーブルスピーチがあった。正客の歌人の右翼にすわっていた芥川君が沈痛な顔をして立ち上がって、自分は・・・<寺田寅彦「備忘録」青空文庫>
  9. ・・・ビ教授はそれから後にアメリカへ渡ってかの地でかの著明な大著を刊行したのである。小国の学者になるものではないという気がしたのはあの時であった。 ヘルマンは古典に通じていて、気象の講義にも色々古典の引用が出て来た。いつか私邸に呼ばれたときに・・・<寺田寅彦「ベルリン大学(1909-1910)」青空文庫>
  10. ・・・明治七年に刊行せられた東京新繁昌記中に其の著者服部撫松は都下の温泉場を叙して、「輓近又処々ニ温泉場ヲ開クモノアリ。各諸州有名ノ暄池ヲ以テ之ニ名ク。曰ク伊豆七湯、曰ク有馬温泉、曰ク何、曰ク何ト。蓋シ其温泉或ハ湯花ヲ汲来ツテ之ヲ湯中ニ和スト云フ・・・<永井荷風「上野」青空文庫>
  11. ・・・ 柳絮の飛ぶ時 花 城に満つ惆悵東欄一樹雪   惆悵す 東欄一樹の雪人生看得幾清明   人生 看るを得るは幾清明ぞ〕 何如璋は明治の儒者文人の間には重んぜられた人であったと見え、その頃刊行せられた日本人の詩文集にして何氏の題・・・<永井荷風「十九の秋」青空文庫>
  12. ・・・同じ店に雇われていたものの中で、初め夜烏子について俳句のつくり方を学び、数年にして忽門戸を張り、俳句雑誌を刊行するようになった人があったが、夜烏子はこれを見て唯一笑するばかりで、その人から句を請われる時は快くこれを与えながら、更に報酬を受け・・・<永井荷風「深川の散歩」青空文庫>
  13. ・・・これら座右の乱帙中に風俗画報社の明治三十一年に刊行した『新撰東京名所図会』なるものがあるが、この書はその考証の洽博にして記事もまた忠実なること、能く古今にわたって向島の状況を知らしむるものである。明治三十一年の頃には向島の地はなお全く幽雅の・・・<永井荷風「向嶋」青空文庫>
  14. ・・・すると編中には二十年前始て博文館から刊行した「あめりか物語」と題するものが収載せられていたので、之がため僕は九月二十九日の朝、突然博文館から配達証明郵便を以て、改造社全集本の配布禁止の履行と併せて、版権侵害に対する賠償金の支払を要求せられる・・・<永井荷風「申訳」青空文庫>
  15. ・・・余の見る所を以てすると、現今毎月刊行の文学雑誌に載る幾多の小説の大部分は、英国の『ウィンゾー』などに続々現れてくる愚劣な小説よりも、どの位芸術的に書き流されているか分らない。既にこの数年の間にかほど進歩の機運が熟するとしたなら、突然それを阻・・・<夏目漱石「文芸委員は何をするか」青空文庫>
  16. ・・・その上去年の第一巻とこれから出る第三巻目は、先生一個の企てでなく、日本の亜細亜協会が引き受けて刊行するのだという事が分った。従って先生の読んでくれといった新刊の緒論は、第三巻にあるのではなくて、やはり第一巻の第一篇の事だと知れた。それで先ず・・・<夏目漱石「マードック先生の『日本歴史』」青空文庫>
  17. ・・・京都大学へ来てから、学校へ、ナヴィルの出版した Oeuvres indites de Maine de Biran[『メーヌ・ド・ビラン未刊行著作集』]を購入することができたので、晩年の Fondements de la psycholog・・・<西田幾多郎「フランス哲学についての感想」青空文庫>
  18. ・・・ 大戦直後に刊行された「もう一つのドイツ」も弟クラウスとの共著であるが、ここには、ナチス・ドイツ以外のもう一つのドイツのあることを訴えたものであった。ドイツの国民性を解剖し、ワイマール共和国の功罪を論じ、一知識人の日記の形でナチス運動の・・・<宮本百合子「明日の知性」青空文庫>
  19. ・・・ 魯迅は一九三五年ごろに、中国の新しい文化の発展のために多大の貢献をした一つの仕事として、ケーテ・コルヴィッツの作品集を刊行した。その中国版のケーテの作品集には、ケーテの国際的な女友達の一人であるアグネス・スメドレイの序文がつけられた。・・・<宮本百合子「ケーテ・コルヴィッツの画業」青空文庫>
  20. 「現代日本小説大系」が刊行される意味は、ただ日本の近代文学をもう一遍よみかえし、検討し、将来の文学に寄与するという風な、すべてのこれまでの刊行会の挨拶の範囲では、使命が果されないと思う。これはまじめに日本の社会の推移を基礎に・・・<宮本百合子「「現代日本小説大系」刊行委員会への希望」青空文庫>
  21. ・・・二百八種もの民族語の新聞が刊行されるようになって来た。 僅か三パーセント位しかなかった小学校入学率は、全ソヴェト同盟の文化水準向上につれてドンドン多くなって来た。五ヵ年計画で八歳からの全国学齢児童の国庫負担による就学は、勿論、各民族共和・・・<宮本百合子「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」青空文庫>
  22. ・・・が続々刊行されはじめた。その一部として、アダム・ドミトリエフの『よし! 船をひけ』。別に、国内戦時代赤軍で働き有名な脚本「ラズローム」を書いたボリス・ラヴレーニェフの『斯うして防衛する』というバルチック艦隊の演習を記録した本が出版された。・・・<宮本百合子「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」青空文庫>
  23. ・・・ 日本プロレタリア文化連盟から刊行される日本で唯一つの階級的な婦人雑誌『働く婦人』の編輯には、他の文化団体からの参加とともに作家同盟に属す婦人作家たちが重大な役割を果しつつある。文学座談会、文学講習会、文学サークル等の活動で、婦人委員会・・・<宮本百合子「国際無産婦人デーに際して」青空文庫>
  24. ・・・河合栄治郎の公判記録が、『自由に死す』というパンフレットになって刊行された。彼のような穏当な学究さえも彼の理性が超国家主義と絶対主義に服従しないで立っているという理由で起訴され裁判された。河合栄治郎が学者としての良心の最低線を守ろうとした抵・・・<宮本百合子「五〇年代の文学とそこにある問題」青空文庫>
  25. ・・・つづいて、小林多喜二全集の編輯は、実に周密、良心的に努力されていて、ただうりものとして現在刊行されている各種の全集類とは、まるで趣をことにした実質をもっていることを、当然のことながら新しい意義でそれぞれの心と行動の上にうけとる思いがある。直・・・<宮本百合子「小林多喜二の今日における意義」青空文庫>
  26. ・・・自分でも学術上に価値のある事業は、三十歳の時に刊行した亜細亜地図だと云っている。Jura へ行ったのも、英国で地学上の用務を嘱托せられて行ったのだ。亜米利加のタッカアなんぞはプルウドンの翻訳をしている位のもので、大した人物ではない。」 ・・・<森鴎外「食堂」青空文庫>
  27. ・・・慶長四年の『孔子家語』、『六韜三略』の印行を初めとして、その後連年、『貞観政要』の刊行、古書の蒐集、駿府の文庫創設、江戸城内の文庫創設、金沢文庫の書籍の保存などに努めた。そうして慶長十二年には、ついに林羅山を召し抱えるに至った。家康がキリシ・・・<和辻哲郎「埋もれた日本」青空文庫>
  28.  野上豊一郎君の『能面』がいよいよ出版されることになった。昨年『面とペルソナ』を書いた時にはすぐにも刊行されそうな話だったので、「近刊」として付記しておいたが、それからもう一年以上になる。網目版の校正にそれほど念を入れていたのである。そ・・・<和辻哲郎「能面の様式」青空文庫>
  29. ・・・水野精一君たちの精密な実地踏査が始まったのもそのころで、その成果『雲岡石窟』十五巻の刊行が終わったのは、つい数年前のことである。これで雲岡遣蹟の紹介の仕事は完成したといってよいが、しかしそれは伊東博士が撮影して来られてから、半世紀たってのこ・・・<和辻哲郎「麦積山塑像の示唆するもの」青空文庫>
  30. ・・・先生の処女作が『善の研究』であり、その刊行がこの年よりもなお二年の後であるというようなことは、あとになって考えることであって、その当時はすでに四高における長い教歴を持った哲学者、すでにおのれの体系を築き上げた哲学者としてわたくしどもの眼に映・・・<和辻哲郎「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」青空文庫>