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かん‐たい〔クワン‐〕【歓待/款待】例文一覧 15件

  1. ・・・学生風なのはその頃マダ在学中の三木竹二で、兄弟して款待されたが、三木君は余り口を開かなかった。 鴎外はドチラかというとクロース・ハアテッドで、或る限界まで行くとそれから先きは厳として人を容れないという風があった。が、官僚気質の極めて・・・<内田魯庵「鴎外博士の追憶」青空文庫>
  2. ・・・が、世間から款待やされて非常な大文豪であるかのように持上げられて自分を高く買うようになってからの緑雨の皮肉は冴を失って、或時は田舎のお大尽のように横柄で鼻持がならなかったり、或時は女に振棄てられた色男のように愚痴ッぽく厭味であったりした。緑・・・<内田魯庵「斎藤緑雨」青空文庫>
  3. ・・・会の開けるまで惰眠を貪るべく余儀なくされた末広鉄腸、矢野竜渓、尾崎咢堂等諸氏の浪花節然たる所謂政治小説が最高文学として尊敬され、ジュール・ベルネの科学小説が所謂新文芸として当時の最もハイカラなる読者に款待やされていた。 二十五年前には外・・・<内田魯庵「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」青空文庫>
  4. ・・・私は自分の年とったことも忘れて、いろいろと皆を款待顔な太郎の酒をしばらくそこにながめていた。 七日の後には私は青山の親戚や末子と共にこの山を降りた。 落合川の駅からもと来た道を汽車で帰ると、下諏訪へ行って日が暮れた。私は太郎の作・・・<島崎藤村「嵐」青空文庫>
  5. ・・・今度の奥さんはミッション・スクウルを出た婦人で、先生とは大分年は違うが、取廻しよく皆なを款待した。奥さんは先生のことを客に話すにも、矢張「先生は」とか「桜井が」とか親しげに呼んでいた。「高瀬さんに珈琲でも入れて上げたら可かろう」「私・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  6. ・・・ とお力は款待顔に言って、お三輪のために膳、箸、吸物椀なぞを料理場の方から運んで来た。「おお、これはおめずらしい」 と言いながら、お三輪はすっぽん仕立の吸物の蓋を取った。 食堂の方でも客の食事が始まっていた。一しきりはずんで・・・<島崎藤村「食堂」青空文庫>
  7. ・・・相川の家族はかわるがわる出て、この珍客を款待した。七歳になる可愛らしい女の児を始め、四人の子供はめずらしそうに、この髭の叔父さんを囲繞いた。御届私儀、病気につき、今日欠勤仕り度、此段御届に及び候也。 こう相川は書・・・<島崎藤村「並木」青空文庫>
  8. ・・・ その夜、私は異様な歓待を受けた。私がその中年の女給に酌をされて熱い日本酒の最初の徳利をからにしたころ、さきに私に煙草をいっぽんめぐんで呉れたわかい女給が、突然、私の鼻先へ右のてのひらを差し出したのである。私はおどろかずに、ゆっくり顔を・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  9. ・・・呼びかけられて、ここの奥さまもまた、ただ挨拶だけにして別れたらよいのに、本当に、よせばよいのに、れいの持ち前の歓待癖を出して、うちはすぐそこですから、まあ、どうぞ、いいじゃありませんか、など引きとめたくも無いのに、お客をおそれてかえって逆上・・・<太宰治「饗応夫人」青空文庫>
  10. ・・・ その日、草田の家では、ずいぶん僕を歓待してくれた。他の年始のお客にも、いちいち僕を「流行作家」として紹介するのだ。僕は、それを揶揄、侮辱の言葉と思わなかったばかりか、ひょっとしたら僕はもう、流行作家なのかも知れないと考え直してみたりな・・・<太宰治「水仙」青空文庫>
  11. ・・・菅笠を被っていても木曾路ではこういう風に歓待をせられるのである。馬はヒョクリヒョクリと鳥井峠と上って行く。おとなしそうなので安心はしていたが、時々絶壁に臨んだ時にはもしや狭い路を踏み外しはしまいかと胆を冷やさぬでもなかった。余はハンケチの中・・・<正岡子規「くだもの」青空文庫>
  12. ・・・この岩はまだ上流にも二、三ヶ所学生は何でももう早く餅をげろ呑みにして早く生きたいようにも見えまたやっぱり疲れてもいればこういう款待に温さを感じてまだ止まっていたいようにも見えた。(ええ、峠まで行って引っ返して来て県道を大船渡(今晩の・・・<宮沢賢治「十六日」青空文庫>
  13. ・・・勿論御主人も居られた。歓待して頂いた。若い娘らしくそれを十分に感じ、くつろいだ、なついた調子で、啄木の歌がすきだというようなことまでお話しした覚えがある。 その晩も、母がそのお座敷で、私が幼い記憶にあるお孝さんと現在の古田中夫人とを結び・・・<宮本百合子「白藤」青空文庫>
  14. ・・・ 切角、田舎から出て来られたのだし、お前の立場としても同情されるから、うちでは、出来る丈歓待してあげたい。然し、一方、そう云うことがあっては、何だか、まるで嘘偽で、実に辛い義務になって仕舞う。母は、若しそう云うことになれば、東京に居て会・・・<宮本百合子「二つの家を繋ぐ回想」青空文庫>
  15. ・・・ 三渓園の原邸では、招待して待ち受けてでもいたかのように、款待をうけた。漱石としては初めて逢う人ばかりであったが、まことに穏やかな、何のきしみをも感じさせない応対ぶりで、そばで見ていても気持ちがよかった。世慣れた人のようによけいなお世辞・・・<和辻哲郎「漱石の人物」青空文庫>