・・・ ――街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕したる勇士なれど、凱旋後とかく素行修らず、酒と女とに身を持崩していたが、去る――日、某酒楼にて飲み仲間の誰彼と口論し、遂に掴み合いの喧嘩となりたる末、頸部に重傷を負い・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・小説観は今日ではもはや問題にならないが、為永春水輩でさえが貞操や家庭の団欒の教師を保護色とした時代に、馬琴ともあるものがただの浮浪生活を描いたのでは少なくも愛読者たる士君子に対して申訳が立たないから、勲功記を加えて以て完璧たらしめたのであろ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・それから勲功によって中佐に抜てきされる。……ただ一つ、彼の気に喰わぬことがあった。それは、鉄砲を空に向けて、わざとパルチザンを逃がしてしまった兵タイがあることだった。だが、それは表沙汰にして罰すると、自分の折角の勲功がふいになってしまうのだ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・信長の時になると、もう信長は臣下の手柄勲功を高慢税額に引直して、いわゆる骨董を有難く頂戴させている。羽柴筑前守なぞも戦をして手柄を立てる、その勲功の報酬の一部として茶器を頂戴している。つまり五万両なら五万両に相当する勲功を立てた時に、五万両・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 最後に、勲功によって授爵される場面で、尊貴の膝下にひざまずいて引き下がって来てから、老妻に、「どうも少しひざまずき方が間違ったようだよ」と耳語しながら、二人でふいと笑いだすところがある。あすこにもやはり一種の俳味があり、そうしていかに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・生前の勲功によって歿後勲一等に叙し瑞宝章を授けられた。これは学者としてほとんど類例のないことだという。これも同君の業績が如何に優れたものであったかを証明するものであろう。これ以外にも学界その他から得た栄誉の表章は色々あるがここには述べ悉し難・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・これがここに紹介しようとする物理学者レーリー卿の祖父である。勲功によって貴族に列せられようという内意があったが辞退したので、爵位はその夫人に授けられ、夫人からその一人息子の John James Struttに伝えられた。これが最初の Lo・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・官吏の中その勲功を誇っていたものは薩長の士族である。薩長の士族に随従することを屑しとしなかったものは、悉く失意の淵に沈んだ。失意の人々の中には董狐の筆を振って縲紲の辱に会うものもあり、また淵明の態度を学んで、東籬に菊を見る道を求めたものもあ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・特務曹長「閣下の御勲功は実に四海を照すのであります。」大将「ふん、それはよろしい。」特務曹長「閣下の御名誉は則ち私共の名誉であります。」大将「うん。それはよろしい。」特務曹長「閣下の勲章は皆実に立派であります。私共は閣下・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 現実的なものと神秘的なものとの間で揺れ動いたこの偉大な女性の混乱も、老年にいたってはバラ色の霞の中にとけこんで、八十七歳で「勲功章」を授けられた時の彼女は「古い神話の復活」にも心を労されず終日にこにこした柔和な一老婦人であった。鋼鉄が・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
出典:青空文庫