出典:デジタル大辞泉(小学館)

江戸時代の岡山藩の郷学 (ごうがく) 。寛文8年(1668)藩主池田光政が民間子弟の教育のために、領内各地に手習い所を設置したがまもなく廃絶し、同10年閑谷に学校設立を命じ、元禄14年(1701)までに完成。明治になって廃絶したが、ほとんどの建造物が現存する。講堂は国宝。閑谷学校。