ふじわら【藤原】
姓氏の一。 古代の氏族。中臣鎌足(かまたり)が藤原朝臣の姓を賜り、鎌足の子不比等(ふひと)の流に藤原姓を認められた...
ふじわら‐の‐あきすけ【藤原顕輔】
[1090〜1155]平安後期の歌人。六条家の祖といわれる顕季(あきすえ)の子で、清輔の父。六条家を継ぎ、崇徳院の...
ふじわら‐の‐あきひら【藤原明衡】
[989〜1066]平安中期の学者。文章博士(もんじょうはかせ)・大学頭(だいがくのかみ)を歴任。詩文に秀で、「本...
ふじわら‐の‐あきらけいこ【藤原明子】
[829〜900]文徳天皇の女御。良房の娘。清和天皇を生み、藤原氏の外戚としての地位を確立させた。染殿の后。名は「...
ふじわら‐の‐いえたか【藤原家隆】
[1158〜1237]平安末期・鎌倉前期の歌人。名は「かりゅう」とも。寂蓮の養子。藤原俊成に学び、「新古今和歌集」...
ふじわら‐いおり【藤原伊織】
[1948〜2007]小説家。大阪の生まれ。本名、利一(としかず)。個性あふれる登場人物が活躍するハードボイルド小...
ふじわら‐の‐うまかい【藤原宇合】
[694〜737]奈良前期の公卿。式家の祖。不比等(ふひと)の三男。名は馬養(うまかい)とも書く。遣唐副使として渡...
ふじわら‐の‐おつぐ【藤原緒嗣】
[773〜843]平安初期の公卿。百川(ももかわ)の長男。桓武天皇の寵を受け、参議・左大臣などを歴任。「新撰姓氏録...
ふじわら‐の‐おとむろ【藤原乙牟漏】
[760〜790]桓武天皇の皇后。平城天皇・嵯峨天皇の母。
ふじわら‐の‐かねいえ【藤原兼家】
[929〜990]平安中期の公卿。師輔(もろすけ)の三男。兄の兼通(かねみち)と関白職を争い、一条天皇の外祖父とし...
ふじわら‐の‐かねざね【藤原兼実】
⇒九条兼実(くじょうかねざね)
ふじわら‐の‐かねすけ【藤原兼輔】
[877〜933]平安前期の歌人。三十六歌仙の一人。邸宅が賀茂川の堤近くにあったので、堤中納言と称された。家集に「...
ふじわら‐の‐かねみち【藤原兼通】
[925〜977]平安中期の公卿。師輔(もろすけ)の二男。長兄伊尹(これただ)の病死後、弟の兼家と関白職を争い、関...
ふじわら‐の‐かまたり【藤原鎌足】
[614〜669]古代の中央豪族。本姓は中臣(なかとみ)氏。藤原氏の祖。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)(のちの...
ふじわら‐の‐かりゅう【藤原家隆】
⇒ふじわらのいえたか
ふじわら‐きょう【藤原京】
持統天皇8年(694)から元明天皇の和銅3年(710)の平城遷都までの3代16年間の都。大和三山に囲まれた、現在の...
ふじわら‐の‐きよかわ【藤原清河】
奈良時代の公卿。房前(ふささき)の四男。遣唐大使として渡唐。帰国の際、暴風にあい安南に漂着。再び唐に戻り、唐で没し...
ふじわら‐の‐きよすけ【藤原清輔】
[1104〜1177]平安後期の歌人・歌学者。顕輔(あきすけ)の子。六条家の中心人物で、俊成と並び称された。二条天...
ふじわら‐の‐きよひら【藤原清衡】
[1056〜1128]平安後期の陸奥(むつ)の豪族。後三年の役に源義家と結んで清原氏を滅ぼし、陸奥六郡を領有。平泉...
ふじわら‐の‐きんとう【藤原公任】
[966〜1041]平安中期の歌人・歌学者。通称、四条大納言。故実に詳しく、また、漢詩・和歌・音楽にすぐれた。「和...
ふじわら‐ぎんじろう【藤原銀次郎】
[1869〜1960]実業家・政治家。長野の生まれ。王子製紙を再建。藤原工業大学(現在の慶応大学理工学部)を私費で...
ふじわら‐の‐くすこ【藤原薬子】
[?〜810]平安初期の女官。種継の娘。娘が平城天皇の妃だったことから天皇の寵愛を受けたが、天皇譲位後、兄仲成らと...
ふじわら‐の‐こうか【藤原の効果】
1000キロメートル内に二つ以上の台風または熱帯低気圧が存在するとき、相互に干渉して複雑な動きを示す現象。一方が他...
ふじわら‐の‐こうぜい【藤原行成】
⇒ふじわらのゆきなり
ふじわら‐の‐これただ【藤原伊尹】
[924〜972]平安中期の公卿・歌人。名は「これまさ」とも。師輔(もろすけ)の長男。「後撰和歌集」撰者の一人。和...
ふじわら‐の‐これちか【藤原伊周】
[974〜1010]平安中期の公卿。道隆の二男。父の死後、叔父の道兼・道長と権勢を争い、従者が花山法皇に矢を射かけ...
ふじわら‐の‐これふさ【藤原伊房】
[1030〜1096]平安中期の公卿・書家。行成の孫。世尊寺流書道に巧みで、「北山抄」「十五番歌合」などの筆者とい...
ふじわら‐の‐これまさ【藤原伊尹】
⇒ふじわらのこれただ
ふじわら‐さくへい【藤原咲平】
[1884〜1950]気象学者。長野の生まれ。中央気象台長。気象学の普及に貢献したほか、渦の研究で知られる。著「雲...
ふじわら‐の‐さだいえ【藤原定家】
⇒ふじわらのていか
ふじわら‐の‐さねさだ【藤原実定】
[1139〜1192]平安末期の公卿・歌人。左大臣。家集「林下集」、日記「庭槐抄」など。後徳大寺(ごとくだいじ)実定。
ふじわら‐の‐さねすけ【藤原実資】
[957〜1046]平安中期の公卿。祖父実頼の養子。三条天皇の信任が厚く、右大臣となる。道長・頼通に迎合せず、賢右...
ふじわら‐の‐さねより【藤原実頼】
[900〜970]平安中期の公卿。忠平の子。小野宮殿と称された。円融天皇の摂政に就任。有職(ゆうそく)故実に詳しく...
ふじわら‐の‐すけまさ【藤原佐理】
[944〜998]平安中期の公卿・書家。名は「さり」とも。実頼の孫。三蹟の一人で、その筆跡を佐跡という。遺墨「詩懐...
ふじわら‐の‐しゅんぜい【藤原俊成】
[1114〜1204]平安後期の歌人。名は「としなり」とも。定家の父。法名、釈阿。幽玄体の歌を確立し、王朝歌風の古...
ふじわらのしゅんぜい‐の‐むすめ【藤原俊成女】
[1171ころ〜1252ころ]鎌倉前期の歌人。父は藤原盛頼、母は藤原俊成の娘。俊成の孫で養女となる。源通具の妻。新...
ふじわら‐の‐しょうし【藤原彰子】
⇒上東門院(じょうとうもんいん)
ふじわら‐しんじ【藤原審爾】
[1921〜1984]小説家。東京の生まれ。私小説的な恋愛もので執筆活動をスタートするが、その後は推理小説や社会派...
ふじわら‐じだい【藤原時代】
日本の文化史、特に美術史上の時代区分の一。弘仁貞観時代に次ぎ、遣唐使廃止以後、藤原氏が摂関政治を行った平安時代中期...
ふじわら‐の‐すみとも【藤原純友】
[?〜941]平安中期の貴族。伊予掾(じょう)となって下向。瀬戸内海の海賊と結んで反乱を起こしたが、敗れて殺された...
ふじわら‐せいか【藤原惺窩】
[1561〜1619]安土桃山・江戸初期の儒学者。播磨(はりま)の人。冷泉(れいぜい)家の出身。名は粛。字(あざな...
ふじわら‐の‐たかいえ【藤原隆家】
[979〜1044]平安中期の公卿。道隆の四男。叔父道長との政権争いに敗れて失脚、のちに許され、大宰権帥(だざいの...
ふじわら‐の‐たかのぶ【藤原隆信】
[1142〜1205]平安末期・鎌倉初期の宮廷画家・歌人。法名、戒心。定家の異父兄。似絵(にせえ)の先駆者で、神護...
ふじわら‐の‐たかよし【藤原隆能】
平安後期の宮廷画家。鳥羽金剛心院の扉絵や鳥羽上皇の肖像、蒔絵(まきえ)の下図など幅広く活躍。「源氏物語絵巻」の作者...
ふじわら‐の‐ただざね【藤原忠実】
[1079〜1162]平安後期の公卿。摂政・関白。二男の頼長を推して長男忠通と対立、保元の乱の一因ともなった。頼長...
ふじわら‐の‐ただひら【藤原忠平】
[880〜949]平安中期の公卿。基経の子。諡号(しごう)、貞信公。兄時平の死後、摂政、のちに太政大臣・関白となる...
ふじわら‐の‐ただふみ【藤原忠文】
[873〜947]平安中期の公卿。民部卿。平将門の乱では征東大将軍、藤原純友の乱では征西大将軍に任ぜられたが、その...
ふじわら‐の‐ただみち【藤原忠通】
[1097〜1164]平安後期の公卿。忠実の長男。別称、法性寺殿(ほっしょじどの)。摂政・関白。美福門院と結んで父...
ふじわら‐の‐たねつぐ【藤原種継】
[737〜785]奈良後期の公卿。宇合(うまかい)の孫。桓武天皇の信任厚く長岡京造宮使となったが、皇太子早良親王と...
ふじわら‐の‐ためいえ【藤原為家】
[1198〜1275]鎌倉前・中期の歌人。定家の長男。別称、中院禅師など。法名、融覚。父の歌風を継ぎ、御子左家(み...