出典:gooニュース
オスロでの活動、大きな歓迎 広島県被団協、佐久間さんが報告
佐久間さんは被団協の代表団とは別にオスロへ行き、広島原爆を生き抜いた「被爆樹木」の種を現地の植物園に贈ったり、現地の国会議員に被爆体験を証言したりした。 広島県被団協は、日本被団協代表委員の箕牧智之さんが理事長の団体と、佐久間さんが理事長の二つが存在する。
被爆者とともにオスロで活動した被爆3世の男性 ノーベル平和賞授賞式報告会で語ったこと《長崎》
まちをあげて歓迎してくれた」代表団の最年少メンバーとして、ノルウェー・オスロを訪れた林田 光弘さん32歳。日本被団協が平和賞を受賞した背景から、授賞式前後のまちの様子や式に出席した現場で、自身が感じたことを写真を交えながら説明しました。(林田 光弘さん)「小刻みに体を震えていたりとか、顔を見ると泣いていたりとか。
ノーベル平和賞の日本被団協が会見 オスロでの裏側を明かす
ノーベル平和賞を受賞した日本被団協が都内で会見を開きノルウェー・オスロでの裏側を明かしました。 授賞式に登壇した田中煕巳代表委員は、オスロでの晩餐会でノルウェーノーベル委員会のフリドネス委員長と会話し「最初は来年の受賞を考えていたが、被爆80年の運動のためには来年では遅いと思い今年の受賞を決めた」とする裏話があったことを明かしました。
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オスロごうい【オスロ合意】
《交渉がノルウェーの首都オスロで行われたことから》イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)の間で合意した、ヨルダン川西岸・ガザ地区でのパレスチナ人による暫定的な自治の実施に関する一連の協定。ノルウェーのホルスト外相らにより極秘交渉が進められ、1993年にワシントンで調印。1995年には自治区を拡大するオスロ合意Ⅱが調印され、パレスチナ暫定自治政府が成立。パレスチナ暫定自治合意。→中東和平会議
オスロこくさいへいわけんきゅうじょ【オスロ国際平和研究所】
世界の安定的平和や国際紛争の平和的解決のための研究・情報公開をする国際機関。1959年ヨハン=ガルトゥングにより創設され、平和研究機関の先駆となる。PRIO(Peace Research Institute Oslo)。
オスロだいせいどう【オスロ大聖堂】
《Oslo Domkirke》ノルウェーの首都、オスロの中心部にある大聖堂。同国の国教であるキリスト教ルーテル派の総本山。17世紀末に建造、19世紀半ばに改築され、現在の姿になった。6000本のパイプがあるパイプオルガンが有名。