・・・それから水々しく青葉に埋もれてゆく夏、東京あたりと変らない昼間の暑さ、眼を細めたい程涼しく暮れて行く夜、晴れ日の長い華やかな小春、樹は一つ/\に自分自身の色彩を以てその枝を装う小春。それは山といわず野といわず北国の天地を悲壮な熱情の舞台にす・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ しかし、それはただ青葉ばかりで、菖蒲の短いのがむらがってて、水の色の黒い時分、ここへも二日、三日続けて行きましたっけ、小鳥は見つからなかった。烏が沢山居た。あれが、かあかあ鳴いて一しきりして静まるとその姿の見えなくなるのは、大方その翼・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・侍女 そして、雪のようなお手の指を環に遊ばして、高い処で、青葉の上で、虹の膚へ嵌めるようになさいますと、その指に空の色が透通りまして、紅い玉は、颯と夕日に映って、まったく虹の瞳になって、そして晃々と輝きました。その時でございます。お庭も・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・が、県道へ掛って、しばらくすると、道の左右は、一様に青葉して、梢が深く、枝が茂った。一里ゆき、二里ゆき、三里ゆき、思いのほか、田畑も見えず、ほとんど森林地帯を馳る。…… 座席の青いのに、濃い緑が色を合わせて、日の光は、ちらちらと銀の蝶の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予のために、楓樹にはいのぼって上端にある色よい枝を折ってくれた。手にとれば手を染めそうな色である。 湖も山もしっとりと・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 九 世は青葉になった。豌豆も蚕豆も元なりは莢がふとりつつ花が高くなった。麦畑はようやく黄ばみかけてきた。鰌とりのかんてらが、裏の田圃に毎夜八つ九つ出歩くこの頃、蚕は二眠が起きる、農事は日を追うて忙しくなる。 ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 窓の机に向って、ゆうがた、独り物案じに沈み、見るともなしにそとをながめていると、しばらく忘れていたいちじくの樹が、大きなみずみずした青葉と結んでいる果とをもって、僕の労れた目を醒まし、労れた心を導いて、家のことを思い出させた。東京へ帰・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
一 さよ子は毎日、晩方になりますと、二階の欄干によりかかって、外の景色をながめることが好きでありました。目のさめるような青葉に、風が当たって、海色をした空に星の光が見えてくると、遠く町の燈火が、乳色のもやのうちから、ちらちらとひ・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・夏になると、青葉でこんもりとしました。そして、秋がくる時分には、どこの林も、丘も、森も、黄色になって風のまにまにそれらの葉が散りはじめました。冬が過ぎ、また春がめぐってくるというふうに繰り返されたのであります。 この国には、昔からのこと・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・「どうしてこう青葉の色はきれいなのだろう。どうしてこう、この森や、日の光や、雲の色などが美しいのだろう。」と、彼はしみじみと思っていたのであります。そして、彼がやがて笛を吹きますと、その音色は平常の愉快な調子に似ず、なんとなく、しん・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
出典:青空文庫