・・・そのくせ、鳥は木が大きくなってしげったあかつきには、かってにその枝に巣を造ったり、また夜になると宿ることなどがありました。そんなことを予覚しているような木の芽は、小鳥に自分の姿を見いだされないように、なるたけ石の蔭や、草の蔭に隠れるようにし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・県会議員が、当選したあかつきには、百姓の利益を計ってやる、というような口上には、彼等はさんざんだまされて来た。うまい口上を並べて自分に投票させ、その揚句、議員である地位を利用して、自分が無茶な儲けをするばかりであることを、百姓達は、何十日と・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・ あかつき。 ドオウン。その気配を見た事のあるひとは知っているだろう。日の出以前のあの暁の気配は、決して爽快なものではない。おどろおどろ神々の怒りの太鼓の音が聞えて、朝日の光とまるっきり違う何の光か、ねばっこい小豆色の光が、樹々の梢・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ 夫を失いし或る妻の呟き、「夜のつらさは、ごまかせるけれども、夜あけが――。」あかつきばかり憂きものはなし、とは眠いうらみを述べているのではない。くらきうち眼さえて、かならず断腸のこと、正確に在り。大西郷は、眼さむるとともに、ふとん・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・富士は、熔岩の山である。あかつきの富士を見るがいい。こぶだらけの山肌が朝日を受けて、あかがね色に光っている。私は、かえって、そのような富士の姿に、崇高を覚え、天下第一を感ずる。茶店で羊羹食いながら、白扇さかしまなど、気の毒に思うのである。な・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・ 月 日。 終日、うつら、うつら。不眠が、はじまった。二夜。今宵、ねむらなければ、三夜。 月 日。 あかつき、医師のもとへ行く細道。きっと田中氏の歌を思い出す。このみちを泣きつつわれの行きしこと、わが忘れなば誰か知るらむ・・・ 太宰治 「悶悶日記」
・・・もし事が約束どおりに運ばないため、月給も上がらず、東京へも帰れなかったあかつきには、その時こそ、先方さえ異存がなければ、自分の言ったようにする気だから、なにぶんよろしく頼むということもつけ加えた。自分は一応もっともだと思った。「そうお前・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・く一樹なく人工の浪漫なくおもむきなく世の規定を知らずとび落ちようおのが飛沫の中にかゞやき落ちようおゝ詩はやわらかい言葉のためにあるのではないわがうたは社交と虚礼のために奏でざれあかつきの大気をくぐりぬけ美しい霜の・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・ そして、心からごく若い男――少年、ごく若い婦人たち――少女を、人間的自覚のあかつきの面を向けている大切な美しい時期の人たちとして理解をもっているおとなたち。そういうおとなの人間が日本の中に一人でも多く形成されてゆくことを、きょうのおと・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
出典:青空文庫