・・・今の彼の心にあるものは、修理に対するあからさまな憎しみである。もう修理は、彼にとって、主人ではない。その修理を憎むのに、何の憚る所があろう。――彼の心の明るくなったのは、無意識ながら、全く彼がこう云う論理を、刹那の間に認めたからである。・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・卑しい身分の女などはあからさまに卑猥な言葉をその若い道士に投げつけた。道士は凡ての反感に打克つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。 そこにフランシスがこれも裸形のままで・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ ついに、あの生活の根調のあからさまに露出した北方植民地の人情は、はなはだしく私の弱い心を傷づけた。 四百トン足らずの襤褸船に乗って、私は釧路の港を出た。そうして東京に帰ってきた。 帰ってきた私は以前の私でなかったごとく、東京も・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 年倍なる兀頭は、紐のついた大な蝦蟇口を突込んだ、布袋腹に、褌のあからさまな前はだけで、土地で売る雪を切った氷を、手拭にくるんで南瓜かぶりに、頤を締めて、やっぱり洋傘、この大爺が殿で。「あらッ、水がある……」 と一人の女が金切声・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・暗くなる……薄暗い中に、颯と風に煽られて、媚めかしい婦の裙が燃えるのかと思う、あからさまな、真白な大きな腹が、蒼ざめた顔して、宙に倒にぶら下りました。……御存じかも知れません、芳年の月百姿の中の、安達ヶ原、縦絵二枚続の孤家で、店さきには遠慮・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・しかもわが口よりして、あからさまに秘密ありて人に聞かしむることを得ずと、断乎として謂い出だせる、夫人の胸中を推すれば。 伯爵は温乎として、「わしにも、聞かされぬことなんか。え、奥」「はい。だれにも聞かすことはなりません」 夫・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・が、胸をはだけたり、乳房を含ませたりしたのは、さすがにないから、何も蔽わず、写真はあからさまになっている。しかし、婦ばかりの心だしなみで、いずれも伏せてある事は言うまでもない。 この写真が、いま言った百人一首の歌留多のように見えるまで、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ それと、戸前が松原で、抽でた古木もないが、ほどよく、暗くなく、あからさまならず、しっとりと、松葉を敷いて、松毬まじりに掻き分けた路も、根を畝って、奥が深い。いつも松露の香がたつようで、実際、初茸、しめじ茸は、この落葉に生えるのである。・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・親々はこの恋を許さざりき、その故はと問わば言葉のかずかずもて許し難き理由を説かんも、ただ相恋うるが故にこの恋は許さじとあからさまに言うの直截なるにしかず。物堅しといわるる人々はげにもと同意すべければなり。げにそのごとくなりき。かくて治子は都・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・いや、前にも幾度か見たことがあるような気がするが、こんなに真近かに、あからさまに見たのは、はじめてだ。君、古代のにおいがするじゃないか。深山の巒気が立ちのぼるようだ。ランキのランは、言うという字に糸を二つに山だ。深山の精気といってもいいだろ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫