・・・ずいぶん俗悪な木版刷りではあったが、しかし現代の子供の絵本のあくどい色刷りなどに比較して考えるとむしろ一種稚拙にひなびた風趣のあるものであったようにも思われる。 同じく昔の郷里の夏の情趣と結びついている思い出の売り声の中でも枇杷葉湯売り・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・不幸にして西洋の社交界へ顔を出した事がないし、出たところで言語がよくわからないから、西洋の卓上演説がどんなにあくどいものかばからしいものかを承知しない、従って日本の卓上演説との比較も何もできない。 いちばん最初にああいう事を始めた人はど・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ このようにあくどい動きのある側らで、三十数名の婦人代議士たちは二十五日に女ばかり集って、市川房枝女史の世話役で婦人代議士のクラブを作り「女は女で」やろうとしていることが告げられている。 婦人代議士たちは、いま危険な立場にある。自由・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・そういうところを眺めていると、過去の世紀の権力の表現方法やその様式というものが、絵巻のようにまざまざと甦って来て、あくどい思いがする。 いろんな国の品物のいろいろな面白さのよろこびで一つ二つのものが、家のあちこちにひょい、ひょいとあるの・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・として責任ある作家の一人であるゾシチェンコがソヴェト市民の無邪気な意識の立ちおくれを、次第にあくどい嘲弄のための嘲弄の方向へ導いた場合、心ある読者が沈黙していられようか。民主的推進こそ日本のわれわれの生きる力の根源である時に、インテリゲンツ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・今日の、あくどい、ジャーナリスティックになりきった、ごみっぽい作品の間に、阿川弘之という人の小説は、表現にしろ、なんでもないようだが、よく感じしめ、見つめた上でのあっさりした、くっきりした形象性をもっていて、ふっくり、しかも正面から感性的に・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・バルザックが、彼の人間喜劇のところどころに隠見させているフーシェの方が、垣間見の姿ながら時代の生々しい環境のうちにあくどい存在そのままにとらえられていて、はるかに傑出している。 ナポレオン伝において、大革命につづく混乱期に列国の旧勢力と・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・まるであくどいにしき絵をおしつけて見せられる様な心持でたまらなくむねが悪くなる。早く紫の君のあのかがやく様な姿が見えれば好いのにとはだれでもが思って居ることで有った。「紫の君はどうしたんでしょうね。貴方は存じない?」 母上が口をきっ・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫