・・・ やがて、夜が明け放れると、やぶの中へ朝日がさし込みました。小鳥は木の頂で鳴きました。そして、ぼけの花が、真紅な唇でまりを接吻してくれました。「まりさん、どこへいままでいっていなさいました? みんなが、毎日、あなたを探していましたよ・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ 朝日が上ると二人は、天気の日には、欠かさずに、ここへやってきました。姉は、盲目の弟の手を引いてきました。そして、終日、そこで笛を吹き、唄をうたって、日が暮れるころになると、どこへか、二人は帰ってゆきました。 日が輝いて、暖かな風が・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・ 弁天座、朝日座、角座……。そしてもう少し行くと、中座、浪花座と東より順に五座の、当時はゆっくりと仰ぎ見てたのしんだほど看板が見られたわけだったが、浜子は角座の隣りの果物屋の角をきゅうに千日前の方へ折れて、眼鏡屋の鏡の前で、浴衣の襟を直・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・…… 悪の華 午前六時の朝日会館――。 と、こうかけば読者は「午後六時の朝日会館」の誤植だと思うかも知れない。 たしかに午前六時の朝日会館など、まるで日曜日の教室――いや、それ以上に、ひっそりとして、味気なくて・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・とかいう題で、子供が朝日の方を向いて手を拡げている図などの記憶が、次つぎ憶い出されて来た。 国定教科書の肉筆めいた楷書の活字。またなんという画家の手に成ったものか、角のないその字体と感じのまるで似た、子供といえば円顔の優等生のような顔を・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ この時赤羽行きの汽車が朝日をまともに車窓に受けて威勢よく走って来た。そして火夫も運転手も乗客も、みな身を乗り出して薦のかけてある一物を見た。 この一物は姓名も原籍も不明というので、例のとおり仮埋葬の処置を受けた。これが文公の最後で・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ かくて智恵と力をはらんで身の重きを感じたツァラツストラのように、張り切った日蓮は、ついに建長五年四月二十八日、清澄山頂の旭の森で、東海の太陽がもちいの如くに揺り出るのを見たせつなに、南無妙法蓮華経と高らかに唱題して、彼の体得した真理を・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・スパイは、煙草屋でせしめてきた「朝日」を吸って、なか/\去ろうとしない。 薪は百姓に取って、売るにはあまりに安かった。それで、二年分もあるのだが、自分の家に焚きものとするとて、畠のつゞきの荒らした所へ高く積み重ねて、腐らないように屋根を・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・三月らしい春の朝日が茶の間の障子に射してくる頃には、父さんは袖子を見に来た。その様子をお初に問いたずねた。「ええ、すこし……」とお初は曖昧な返事ばかりした。 袖子は物も言わずに寝苦しがっていた。そこへ父さんが心配して覗きに来る度・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・躍る自由の才能を片端から抑制して、なむ誠実なくては叶うまいと伏眼になって小さく片隅に坐り、先輩の顔色ばかりを伺って、おとなしい素直な、いい子という事になって、せっせとお手本の四君子やら、ほてい様やら、朝日に鶴、田子の浦の富士などを勉強いたし・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫