・・・という綽名を呈したのである。「亀さん」はデパートに勤めているが、父親が強慾でしばしば芸者にされようとしていた。その目で見たせいか、彼女の痩形の、そして右肩下りの、線の崩れたようなからだつきは何かいろっぽく思えたが、しかし、やや分厚い柔かそう・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 彼は蓄音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・という綽名はそれと知らずにつけられたのだが、実は寺田の生家は代々堀川の仏具屋で、寺田の嫁も商売柄僧侶の娘を貰うつもりだったのだ。反対された寺田は実家を飛び出すと、銀閣寺附近の西田町に家を借りて一代と世帯を持った。寺田にしては随分思い切った大・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・という渾名を付けられたということである。これは、もとより片方しかなかった鐙を、深草で値を付けさせて置いて、捷径のまわり道をして同じその鐙を京橋の他の店へ埋めて置いて金八に掘出させたのだ。心さえ急かねば謀られる訳はないが、他人にして遣られぬ前・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・という綽名を友人達から貰って、顔をしかめ、けれども内心まんざらでもないのでした。もう一枚のマントはプリンス・オヴ・ウエルスの、海軍将校としてのあの御姿を美しいと思って、あれをお手本にして造らせました。ところどころに少年の独創も加味されていま・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ 男爵というのは、謂わば綽名である。北国の地主のせがれに過ぎない。この男は、その学生時代、二、三の目立った事業を為した。恋愛と、酒と、それから或る種の政治運動。牢屋にいれられたこともあった。自殺を三度も企て、そうして三度とも失敗している・・・ 太宰治 「花燭」
・・・マンケという綽名だよ。だから、僕は、偉くならなくちゃいけないんだ。」「小学校の先生が、なぜそんなに恥ずかしい商売なんだ。」私は、思わず大声になり、口を尖らせて言った。「僕だって、小説が書けなくなったら、田舎の小学校の先生になろうと思って・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・先生という綽名を附けられて、からかわれている乞食だ。おい、奥田先生だって、やっぱり同じ事なんだぜ。あきらめろ、あきらめろ。なんですの? (幽へんな事をおっしゃいますわね。 知ってるよ。お前のあこがれのひとは、誰だか。 まあ! そ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・という渾名を彼に与えた。この「馬鹿正直」を徹底させたものが今日の彼の仕事になろうとは、誰も夢にも考えなかった事であろう。 音楽に対する嗜好は早くから眼覚めていた。独りで讃美歌のようなものを作って、独りでこっそり歌っていたが、恥ずかしがっ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・という渾名を奉っていた。理由は簡単なことで、いかなる病気にでもその処方に杏仁水の零点幾グラムかが加えられるというだけである。いつか診察を受けに行ったときに、先に来ていた一学生が貰った処方箋を見ながら「また、杏仁水ですか」と云ってニヤリとした・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
出典:青空文庫