・・・その途端に一陣の風がさっと、猿沢の池に落ちて、鏡のように見えた水の面に無数の波を描きましたが、さすがに覚悟はしていながら慌てまどった見物が、あれよあれよと申す間もなく、天を傾けてまっ白にどっと雨が降り出したではございませんか。のみならず神鳴・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 芳様の跫音が聞えたので、はッと気が着いて駈出したが、それまでどうしていたんだか、まるで夢のようでと火花の散るごとく、良人の膚を犯すごとに、太く絶え、細く続き、長く幽けき呻吟声の、お貞の耳を貫くにぞ、あれよあれよとばかりに自ら恐れ、自ら悼み・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 私はことの意外に呆れてしまったが、果して間もなくあるビルディングの地下室にある理髪店へ行くと、金縁眼鏡をかけたそこの主人はあなたのような髪は時局柄不都合であると言って、あれよあれよと驚いている間に、私の頭を甲型か乙型か翼賛型か知らぬが・・・ 織田作之助 「髪」
・・・くっついて社会主義首府へのりこもうとした俗人、反社会主義的人間は、ひどい爆音がして煙が立ったと見ると何か科学の力できれいにヤグラから舞台の下へ落っことされている。あれよあれよという間に、社会主義の首府に向って、飛行機は飛び去り、芝居は終ると・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫