・・・ 恐ろしき声をもて老人が語れるその最後の言を聞くと斉しく、お香はもはや忍びかねけん、力を極めて老人が押えたる肩を振り放し、ばたばたと駈け出だして、あわやと見る間に堀端の土手へひたりと飛び乗りたり。コハ身を投ぐる! と老人は狼狽えて、引き・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・けれども、また、颯と駈け出して、あわやという中に影も形も見失ったのでありまする。 処へ、かの魚津の沖の名物としてありまする、蜃気楼の中の小屋のようなのが一軒、月夜に灯も見えず、前途に朦朧として顕れました。 小宮山は三蔵法師を攫われた・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・親は博奕打ちでとか、欺されて田畑をとられたためだとか、哀れっぽく持ちかけるなど、まさか土地柄、気性柄蝶子には出来なかったが、といって、私を芸者にしてくれんようなそんな薄情な親テあるもんかと泣きこんで、あわや勘当さわぎだったとはさすがに本当の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・チエホフの芝居にも、ひとりの気のきかない好人物が、「あわや、というまに熊は女を組み伏せたりき。あわや、というまに熊は女を組み伏せたりき。おや、これは、どういうわけだろう。きょうは、朝から、この言葉がふいと口をついて出て来て、仕様がない。あわ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・家の近所のダラダラ坂に人通りの少いのを見はからって、颯っと乗り出したはよいが、進むにつれて速度が加って、どうにも始末がつかなくなり、あわやという間に交通巡査に抱きついてしまった。六尺ゆたかなロンドンの巡査はニヤニヤしながら、悠々とした顔つき・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
出典:青空文庫