・・・そうしてその結果は人形芸術家にも映画芸術家にも、いろいろの新しい可能性の暗示を授けるであろうと想像される。 たとえば、スクリーンの映像では、その空間的位置がちゃんと決定されているのに、音響のほうは、聞いただけでその音源の位置を決定する事・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・そして母の生家を継ぐのが適当と認められていた私は、どうかすると、兄の後を継ぐべき運命をもっているような暗示を、兄から与えられていた。もちろん私自身はそれらのことに深い考慮を費やす必要を感じなかった。私は私であればそれでいいと思っていた。私の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・自分の辛いよりか、朝から三時過ぎまでお粥も啜らずに待っている嬶や子供が案じられてなんねえ。」「兵隊にいっていた息子さんは、幾歳で亡くしましたね。」上さんは高い声で訊いた。「忰ですかね。」爺さんは調子を少し落して俛いた。「二十・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ 窮余の一策は辛うじて案じ出された。わたしは何故久しく筐底の旧稿に筆をつぐ事ができなかったかを縷陳して、纔に一時の責を塞ぐこととした。題して『十日の菊』となしたのは、災後重陽を過ぎて旧友の来訪に接した喜びを寓するものと解せられたならば幸・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・さすがの御亭主もこれには辟易致しましたが、ついに一計を案じて、朋友の細君に、こういう飾りいっさいの品々を所持しているものがあるのを幸い、ただ一晩だけと云うので、大切な金剛石の首輪をかり受けて、急の間を合せます。ところが細君は恐悦の余り、夜会・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・同じやうに我等の書物に於ける装幀――それは内容の思想を感覚上の趣味によつて象徴し、色や、影や、気分や、紙質やの趣き深き暗示により、彼の敏感の読者にまで直接「思想の情感」を直覚させるであらうところの装幀――に関して、多少の行き届いた良心と智慧・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・ これは一つの暗示であった。 地主共は、誰を信じてよいか? 消防組、青年団は、何のために護衛し、非常線を張り且つか? 家族の者とても、取調べを受けない訳には行かなかった。片っ端から母を異にする兄弟姉妹の間に、何かありはしない・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・或る地方の好色男子が常に不品行を働き、内君の苦情に堪えず、依て一策を案じて内君を耶蘇教会に入会せしめ、其目的は専ら女性の嫉妬心を和らげて自身の獣行を逞うせんとの計略なりしに、内君の苦情遂に止まずして失望したりとの奇談あり。天下の男子にして女・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ピエエル・オオビュルナンは良久しく物を案じている。もうよほど前からこの男は自己の思索にある節制を加えることを工夫している。神学者にでも言わせようものなら、「生産的静思」なんぞと云うだろう。そう云う態度に自身を置くことが出来るように、こ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ しかるにこのイソダンの消印のある手紙は、幸にもその暗示的作用を有する機会の一つであった。先生はこの手紙が自己の空想の上に、自己の霊の上に、自然に強大に感作するのを見て、独り自ら娯しんでいる。 この手紙を書いた女はピエエル・オオビュ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫