・・・実は我と物を区別してこれを手際よく安置するために空間と時間の御堂を建立したも同然である。御堂ができるや否や待ち構えていた我々は意識を攫んでは抛げ、攫んでは抛げ、あたかも粟餅屋が餅をちぎって黄ナ粉の中へ放り込むような勢で抛げつけます。この黄ナ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・かかる人物を政府の区域中に入れて、その不慣なる衣冠をもって束縛するよりも、等しく銭をあたうるならば、これを俗務外に安置して、その生計を豊にし、その精神を安からしむるに若かず。元老院中二、三の学者あるも、その議事これがために色を添うるに非ず。・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・我妹、雪白の祭壇の上に潔く安置された柩の裡にあどけないすべての微笑も、涙も、喜びも、悲しみも皆納められたのであろうか。永久に? 返る事なく? 只一度の微笑みなり一滴の涙なりを只一度とのこされた姉は希うのである。 思い深く沈んだ夜は私・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・真中の小高いところは赤い布で包まれていて、その上に小さい棺が安置されているのであった。棺には銀紙が貼られているが、そこから突出ているのは雀の小さな灰色の爪と鋭い嘴であった。棺の後方の聖台、その上の銅製の十字架。三本の燃えさし蝋燭のともってい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・霊屋のそばにはまだ妙解寺は出来ていぬが、向陽院という堂宇が立って、そこに妙解院殿の位牌が安置せられ、鏡首座という僧が住持している。忌日にさきだって、紫野大徳寺の天祐和尚が京都から下向する。年忌の営みは晴れ晴れしいものになるらしく、一箇月ばか・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫