・・・「烏賊」ホテルの酒場のガラス窓越しに、話す男女の口の動きだけを見せるところは、「パリの屋根の下」の一場面を思いだす。 メッサーの手下が婚礼式場用の椅子や時計を盗みだすところはわりによくできている。くどく、あくどくならないところがうまいの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・工科は数学が要るそうだからやめた。医科は死骸を解剖すると聞いたから断った。そして父の云うままに進まぬながら法科へはいって政治をやった。父は附け焼刃はせぬ/\と思いながら、ついに独り子に附け焼刃の政治科を修めさせた事になる。しかしこれは恐らく・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・り、『織留』には懐炉灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除けの方法など、『胸算用』には日蝕で暦を験すこと、油の凍結を防ぐ法など、『桜陰比事』には地下水脈験出法、血液検査に関する記事、脈搏で罪人を検出する法、烏賊墨の証文、橙汁のあぶり出しなどがある・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・もっともI君の家は医家であったので、炎天の長途を歩いて来たわれわれ子供たちのために暑気払いの清涼剤を振舞ってくれたのである。後で考えるとあの飲料の匂の主調をなすものが、やはりこの杏仁水であったらしい。 明治二十年代の片田舎での出来事とし・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・尤もこんな事は美術とは何の関係もない事ではあるが、それでも感受性の鋭い型の観覧者に取っては、彼等が場内にはいって後に作品から受取る表象の同化異化作用に何らかの影響を及ぼさないものだろうか。こんな事を考えているとバーリントンハウスの玄関や、シ・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・急病でも起こったらしいような口ぶりなので、まず取りあえずN教授に話をして医科のM教授を同伴してもらう事を頼んでおいて急いでS軒に駆けつけた。 ボーイがけさ部屋をいくらたたいても返事がないから合いかぎでドアを明けてはいってみると、もうすで・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ 昔の医科大学の時計台もとくに無くなった。去年札幌へ行って、明治時代の時計台建築の遺物を見て涙が出そうな気がした。年を取ると涙腺の居ずまいが変ると見える。「鉄門」も塞がれた。鉄門という言葉は明治時代の隅田川のボートレースと土手の桜を・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・、そして時々工合が悪いと云っては梯子の上り下りの苦しそうな事があり、また力無い咳をするところなどを見るとあるいはと思う事があって友に計ったが、この家に数年前から泊っていて、ほとんど家内同様になっている医科の男があってそれが一向引越しもしない・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・もし木戸松菊がいたらば――明治の初年木戸は陛下の御前、三条、岩倉以下卿相列座の中で、面を正して陛下に向い、今後の日本は従来の日本と同じからず、すでに外国には君王を廃して共和政治を布きたる国も候、よくよく御注意遊ばさるべくと凜然として言上し、・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・『世に忘れられたる草木』『雲のいろいろ』以下幾十篇皆独特の観察に基いている。正宗君は露伴先生が明治三十年代に雑誌『新小説』に執筆せられたこれらの随筆を忘れておられるのであろう。もしこれを思出されたなら、わたくしの雑著についての賛辞は過半取消・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
出典:青空文庫