・・・由来この種の雅致は或一派の愛国主義者をして断言せしむれば、日本人独特固有の趣味とまで解釈されている位で、室内装飾の一例を以てしても、床柱には必ず皮のついたままの天然木を用いたり花を活けるに切り放した青竹の筒を以てするなどは、なるほど Roc・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 然らば当今の女子、その身には窓掛に見るような染模様の羽織を引掛け、髪は大黒頭巾を冠ったような耳隠しの束髪に結い、手には茄章魚をぶらさげたようなハンドバッグを携え歩む姿を写し来って、宛然生けるが如くならしむるものはけだしそのモデルと時代・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 二 鏡 ありのままなる浮世を見ず、鏡に写る浮世のみを見るシャロットの女は高き台の中に只一人住む。活ける世を鏡の裡にのみ知る者に、面を合わす友のあるべき由なし。 春恋し、春恋しと囀ずる鳥の数々に、耳側てて木の葉隠・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・当り前の奴でやってみようと抗議を申し込む、もし採用されなかったら丈夫玉砕瓦全を恥ずとか何とか珍汾漢の気きえんを吐こうと暗に下拵に黙っている、とそれならこれにしようと、いとも見苦しかりける男乗をぞあてがいける、思えらく能者筆を択ばず、どうせ落・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・あっちに行って黙って立っていてここの処を好く見て、凡そこの世に生きとし生けるものは、皆な慈愛を持っているのに、其方一人がうつろな心で戯けながらに世を渡ったのじゃという事をしかと胸に覚えるが好い。(死は物を呼び寄するが如き音をヴァイオ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・この二つの作品は、日本のすべての人々にとって忘却することのできない治安維持法と戦争のために犠牲とされた理性と善意のために捧げられる。生けると死せるとにかかわらず、この二つの悪虐な力によって破壊を蒙った人間性の恢復と未来の勝利のためにささげら・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・に腐心して、一歩一歩人民の真の必要から離れつつある政党の首領たちは、その一歩ごとに「生ける屍」となりつつある。〔一九四六年一月〕 宮本百合子 「女の手帖」
・・・おゆきはお酒がまわって来ると、「おまはんもっといけるはずじゃないか」と云いながら浅吉に自分の酌をさせた。 また、おゆきの御飯のたべかたも、真似手がなかった。おかずがあっても、おしまいの一膳はお茶づけにして、ほんとにサラサラと流し・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ だが、生活の実感、生ける姿というものはどういうものなのだろうか。 私はよく思うのだが、例えば、現代の日本の生活感情・文学の実感のなかで、今日現実に多くの人々が心に抱いて生きている思意的な感情というものは、どう生かされ描き出され人生・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・どのように織交りあっているものであるか、そして又芸術を知ろうとすればその当時の社会の有様を基礎としなければ、本当のことは何も分らないものであるということを、歴史家である著者は、精密に、しかも胸に訴える生ける姿として、描き出しているのである。・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
出典:青空文庫