・・・私は今までの異常な出来事に心を使いすぎたのだろう。何だか口をきくのも、此上何やかを見聞きするのも憶却になって来た。どこにでも横になってグッスリ眠りたくなった。「どれ、兎に角、帰ることにしようか、オイ、俺はもう帰るぜ」 私は、いつの間・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・畢竟するに其気品高尚にして性慾以上に位するが故なりと言わざるを得ず。曾て東京に一士人あり、頗る西洋の文明を悦び、一切万事改進進歩を気取りながら、其実は支那台の西洋鍍金にして、殊に道徳の一段に至りては常に周公孔子を云々して、子女の教訓に小学又・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・要するに人間生きてる以上は思想を使うけれども、それは便宜の為に使うばかり。と云う考えだから、私の主義は思想の為の思想でもなけりゃ芸術の為の芸術でもなく、また科学の為の科学でもない。人生の為の思想、人生の為の芸術、将た人生の為の科学なのだ。・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・蕪村は徂徠ら修辞派の主張する、文は漢以上、詩は唐以上と言えるがごとき僻説には同意するものにあらざるべけれど、唐以上の詩をもって粋の粋となしたること疑いあらじ。蕪村が書ける春泥集の序の中に曰く、彼も知らず、我も知らず、自然に化して俗を・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・それは県の規則が全級の三分の一以上参加するようになってるからだそうだ。けれども学校へ十九円納めるのだしあと五円もかかるそうだから。きっと行けると思う人はと云ったら内藤君や四人だけ手をあげた。みんな町の人たちだ。うちではやってくれるだろうか。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・その無能力者を、刑法では、そう認めず、処罰にあたっては、忽ち同一の主婦が能力者として扱われるという矛盾は、残酷という以上ではないだろうか。日本の民法はしっかりと改正されなければならない。 内縁関係、未亡人の生きかたに絡む様々の苦しい絆は・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・などを読んだ人々は、燈火管制下の夜の凄さというものは、仮死どころか、その闇の中にあって異常に張りつめられている注意、期待、決意がかもし出す最も密度の濃い沈黙的緊張の凄さであることを、実感をもって思い出すであろう。戦線の兵士たちが可愛い。法悦・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・又はレマルクの「西部戦線異状なし」バルビュスの「砲火」などを読んだ人々は、燈火管制下の夜の凄さというものは、仮死どころか、その闇の中にあって異常に張りつめられている注意、期待、決意がかもし出す最も密度の濃い沈黙的緊張の凄さであることを、実感・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・けれどももし何かの自然の間違いで、胎生細胞がいくつか新しくなりきらないで、人間のからだの中にのこったまま生れたとき、成長してのちある生物的な条件のもとで、その細胞が異常な細胞増殖をはじめる。そしてそれは癌という致命的な病気の名をつけられてい・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・補助的なものという先入観で見られつつ現実にはその収入で一家を支えてゆかなければならない世帯主であるところに、異常な苦しみを負わされているのである。 銃後の力としての女の労働力は、決して貴方が七分、私が三分的な和気あいあい的なものではない・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫