・・・実際鉄道庁で、この線路の列車の往復を一時増加しようかと評議をした位である。無論急行で、一等車ばかりを聯結しようと云うのであった。 その会議の結果はこうである。親族一同はポルジイに二つの道を示して、そのどれかを行わなくてはならないことにし・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・どうせ碌なことではないと知っているのだろう。一時思い止まったが、また駆け出した。そして今度はその最後の一輌にようやく追い着いた。 米の叺が山のように積んである。支那人の爺が振り向いた。丸顔の厭な顔だ。有無をいわせずその車に飛び乗った。そ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ しかし中等学校を卒業しないうちに学校生活が一時中断するようになったというのは、彼の家族一同がイタリアへ移住する事になったのである。彼等はミランに落着いた。そこでしばらく自由の身になった少年はよく旅行をした。ある時は単身でアペニンを越え・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・この一事もやはり春信以前の名匠の絵で最もよく代表されるように思う。この裾の複雑さによって絵のすわりがよくなり安定な感じを与える事はもちろんである。 裾の線は時に補景として描かれた幕のようなものや、樹枝や岩組みなどの線に反響している事があ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・もしそうでなければ一木一草を描き、一事一物を記述するという事は不可能な事である。そしてその観察と分析とその結果の表現のしかたによってその作品の芸術としての価値が定まるのではあるまいか。 ある人は科学をもって現実に即したものと考え、芸術の・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・できるのは一時です」彼はいくらか興奮したような声で言った。 私たちは河原ぞいの道路をあるいていた。河原も道路も蒼白い月影を浴びて、真白に輝いていた。対岸の黒い松原蔭に、灯影がちらほら見えた。道路の傍には松の生い茂った崖が際限もなく続いて・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・しかしながら徳川の末年でもあることか、白日青天、明治昇平の四十四年に十二名という陛下の赤子、しかのみならず為すところあるべき者どもを窘めぬいて激さして謀叛人に仕立てて、臆面もなく絞め殺した一事に到っては、政府は断じてこれが責任を負わねばなら・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・安政中北里災ニ罹リ一時仮館ヲ此ニ設ク。明治ノ初年ニ至リ官復許シテ之ヲ興ス。爾来今ニ至ツテ日ニ昌ニ月ニ盛ナリ。家家娉ヲ貯ヘ、戸戸婀娜ヲ養フ。紅楼翠閣。一簇ノ暖烟ヲ屯ス。妓院ノ数今七八十戸ニ下ラズト云フ。」 わたくしは先年坊間の一書肆に於て・・・ 永井荷風 「上野」
・・・何物にかぎらず多年使い馴れた器物を愛惜して、幾度となく之を修繕しつつ使用していたような醇朴な風習が今は既に蕩然として後を断ったのも此の一事によって推知せられる。 明治三十年の春明治座で、先代の左団次が鋳掛松を演じた時、鋳掛屋の呼び歩く声・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫