・・・が、政治的天才は常に大義そのものには一文の銭をも抛たないものである。唯民衆を支配する為には大義の仮面を用いなければならぬ。しかし一度用いたが最後、大義の仮面は永久に脱することを得ないものである。もし又強いて脱そうとすれば、如何なる政治的天才・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・内府も始終病身じゃと云うが、平家一門のためを計れば、一日も早く死んだが好い。その上またおれにしても、食色の二性を離れぬ事は、浄海入道と似たようなものじゃ。そう云う凡夫の取った天下は、やはり衆生のためにはならぬ。所詮人界が浄土になるには、御仏・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「その代り向う二十年の間は、一文も御給金はやらないからね。」「はい。はい。承知いたしました。」 それから権助は二十年間、その医者の家に使われていました。水を汲む。薪を割る。飯を炊く。拭き掃除をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ ――第一に、林右衛門の立ち退いた趣を、一門衆へ通達しないのは、宇左衛門の罪である。第二に、まだ逆上の気味のある修理を、登城させたのも、やはり彼の責を免れない。佐渡守だったから、いいが、もし今日のような雑言を、列座の大名衆にでも云ったと・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・すると右舷の大砲が一門なぜか蓋を開かなかった。しかももう水平線には敵の艦隊の挙げる煙も幾すじかかすかにたなびいていた。この手ぬかりを見た水兵たちの一人は砲身の上へ跨るが早いか、身軽に砲口まで腹這って行き、両足で蓋を押しあけようとした。しかし・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・「俺ら銭こ一文も持たねえからちょっぴり借りたいだが」 赤坊の事を思うと、急に小銭がほしくなって、彼れがこういい出すと、帳場は呆れたように彼れの顔を見詰めた、――こいつは馬鹿な面をしているくせに油断のならない横紙破りだと思いながら。そ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ところがこの論理の不徹底な、矛盾に満ちた、そして椏者の言葉のように、言うべきものを言い残したり、言うべからざるものを言い加えたりした一文が、存外に人々の注意を牽いて、いろいろの批評や駁撃に遇うことになった。その僕の感想文というのは、階級意識・・・ 有島武郎 「片信」
・・・神業と思うにや、六部順礼など遠く来りて賽すとて、一文銭二文銭の青く錆びたるが、円き木の葉のごとくあたりに落散りしを見たり。深く山の峡を探るに及ばず。村の往来のすぐ路端に、百姓家の間にあたかも総井戸のごとくにあり。いつなりけん、途すがら立寄り・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・どうせ帰れば近所近辺、一門一類が寄って集って、」 と婀娜に唇の端を上げると、顰めた眉を掠めて落ちた、鬢の毛を、焦ったそうに、背へ投げて掻上げつつ、「この髪をむしりたくなるような思いをさせられるに極ってるけれど、東京へ来たら、生意気ら・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・和郎たちは、一族一門、代々それがために皆怪我をするのじゃよ。」「違うでしゅ、それでした怪我ならば、自業自得で怨恨はないでしゅ。……蛙手に、底を泳ぎ寄って、口をぱくりと、」「その口でか、その口じゃの。」「ヒ、ヒ、ヒ、空ざまに、波の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
出典:青空文庫