・・・ 冬は、母親のを縫いちぢめた、じみいなじみいな着物を着て、はげしい寒さに、鼻を毒われない子供はなく皆だらしない二本棒をさげて居る。 髪は大抵、銀杏返しか桃割れだけれ共、たまに見る束髪は、東京の女の、想像以外のものである。 暗い、・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・証拠には、あの一団の日本人の実際生活が、ベルリン大衆の革命的高揚とどういう関係にあり、かつまた遠い故国日本の階級的進展とどういう血の通った関係にあるかという基礎的な階級的位地が、弁証法的具体的に描き出されていない。 一群の日本人は、切り・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・長女いちが十六歳、二女まつが十四歳になる。その次に太郎兵衛が娘をよめに出す覚悟で、平野町の女房の里方から、赤子のうちにもらい受けた、長太郎という十二歳の男子がある。その次にまた生まれた太郎兵衛の娘は、とくと言って八歳になる。最後に太郎兵衛の・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・手をこう云う位置に置いて、いつでも何かしゃべり続けるのである。尤も乳房を押えるような運動は、折々右の手ですることもある。その時は押えられるのが右の乳房である。 僕はお金が話したままをそっくりここに書こうと思う。頃日僕の書く物の総ては、神・・・ 森鴎外 「心中」
・・・もしこの時その位置がただいまのようであッたなら決して見えるわけはない。 山田美妙 「武蔵野」
・・・もしもコンミニズム文学が、曾て用いた弁証法的考察を赦すならば、新感覚派文学はコンミニズム文学よりも、より以上に明確な弁証法的発展段階の上に、位置していると云うことをも認めなければならないであろう。何故なら、コンミニズム文学は、文学としての発・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・しかし、花園は既にその山上の優れた位地を占めた勝利のために、何事にも黙っていなければならなかった。彼の妻は日々一層激しく咳き続けた。 七 こういう或る日、彼はこっそり副院長に別室へ呼びつけられた。「お気の毒で・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑が出来ていて鼻の孔が大きく拡がり、揃ったことのない前褄からいつも膝頭が露出していた。声がまた大きなバスで、人を見ると鼻の横を痒き痒き、細い眼でいつも又この人は笑ってばかりいたが、この叔母ほど村で好かれていた・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・私もまた彼の頽廃について責めを負うべき位置にあるのです。ことに私は彼のためにどれだけ物的の犠牲を払ってやりましたか。物的価値に執する彼の態度への悪感から私はむしろそういう尽力を避けていました。そうしてこの私の冷淡は彼の態度をますます浅ましく・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫