・・・しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるがごとく、檀林等流派を異にする者もなお芭蕉を排斥せず、かえって芭蕉の句を取りて自家俳句集中に加うるを見る。ここにおいてか芭蕉は無比無類の俳人として認められ、また一人のこれに匹敵する者ある・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・森が一斉にこたえました。 みんなは又叫びました。「ここに家建ててもいいかあ。」「ようし。」森は一ぺんにこたえました。 みんなはまた声をそろえてたずねました。「ここで火たいてもいいかあ。」「いいぞお。」森は一ぺんにこた・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・昨日まで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた風どもが今朝夜あけ方俄かに一斉に斯う動き出してどんどんどんどんタスカロラ海床の北のはじをめがけて行くことを考えますともう一郎は顔がほてり息もはあ、はあ、なって自分までが一緒に空を翔けて行くよ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・鍵穴の眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく室の中をくるくる廻っていましたが、また一声「わん。」と高く吠えて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。 その扉の・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・ さて平右衛門もあまりといえばありありとしたその白狐の姿を見ては怖さが咽喉までこみあげましたが、みんなの手前もありますので、やっと一声切り込んで行きました。 たしかに手ごたえがあって、白いものは薙刀の下で、プルプル動いています。・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・生徒たちは仕事机の下にバネじかけでしまってある腰かけを引き出し、一斉に腰かけて、作業をつづけている。「工場学校では、若い生徒の体が健康に成長するように、三十分起立して作業すると、十五分は腰かけて仕事をする規則なのです」ソヴェトの世の中に・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ 一晩じゅう、どんなに私が体を火照らせ、神経を鋭敏に働かせ通したか、あけ方の雀が昨日と同じく何事もなかった朝にさえずり出したその一声を、どんな歓喜をもって耳にしたか、私のひとみほど近しい者だって同感することは出来まい。七時から、十二時ま・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・今日ごく手近な出版年鑑を開いて、明治初年から四分の一世紀間に亙るところを見ると、実に新聞発行の盛なのと、執筆者たちが刑罰をくって、罰金、禁獄に処せられていることのおびただしいのは誰しもびっくりするであろうと思う。それらの罪名は、殆どことごと・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・と云って、夫婦は二世、親子は一世と当時の社会を支配したものの便宜のために組立てられていた親子の愛の限界は、既に、どんな人間でも子の可愛くないものはないという一般常識にまで柵を破られて来ているのである。 更に文学は、この一般人間的感情の上・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
・・・ 犬は一声鳴いて尾をふった。「よい。そんなら不便じゃが死んでくれい」こう言って五助は犬を抱き寄せて、脇差を抜いて、一刀に刺した。 五助は犬の死骸をかたわらへ置いた。そして懐中から一枚の書き物を出して、それを前にひろげて、小石を重・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫