・・・にも係らず其無意味のことに意味をつけて、やれ触れたの、やれ人生の真髄は斯うだのと云う。一片の形容詞が何時の間にか人生観と早変りをするのは、これ何とも以て不思議の至りさ。 いや、何時のまにか私も大気焔を吐いて了って。先ずここらで御免を蒙ろ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・其方もある夏の夕まぐれ、黄金色に輝く空気の中に、木の葉の一片が閃き落ちるのを見た時に、わしの戦ぎを感じた事があるであろう。凡そ感情の暖かい潮流が其方の心に漲って、其方が大世界の不思議をふと我物と悟った時、其方の土塊から出来ている体が顫えた時・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・あなたが一遍許すって言ったのなら、今日は私だけでひとつむぐらをいじめますから、あなたはだまって見ておいでなさい。いいでしょう」 ホモイは、 「うん、毒むしなら少しいじめてもよかろう」と言いました。 狐は、しばらくあちこち地面を嗅・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・これからまたここへ一遍帰って十一時には向うの宿へつかなければいけないんだ。「何処さ行ぐのす。」そうだ、釜淵まで行くというのを知らないものもあるんだな。〔釜淵まで、一寸三十分ばかり。〕おとなしい新らしい白、緑の中だから、そして外光の中・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・その時先生が、鞭や白墨や地図を持って入って来られたもんですから、みんなは俄かにしずかになって立ち、源吉ももう一遍こっちをふりむいてから、席のそばに立ちました。慶次郎も顔をまっ赤にしてくつくつ笑いながら立ちました。そして礼がすんで授業がはじま・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・もちろんこの器械は鎖か何かで太い木にしばり付けてありますから、実際一遍足をとられたらもうそれきりです。けれども誰だってこんなピカピカした変なものにわざと足を入れては見ないのです。」 狐の生徒たちはどっと笑いました。狐の校長さんも笑いまし・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・するともう身体の痛みもつかれも一遍にとれてすがすがしてしまいました。「さあ、参りましょう。」と稲妻が申しました。そして二人が又そのマントに取りつきますと紫色の光が一遍ぱっとひらめいて童子たちはもう自分のお宮の前に居ました。稲妻はもう見え・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・恋愛がそれに価いしないと云うのではなく、正反対に、本当の恋愛は人間一生の間に一遍めぐり会えるか会えないかのものであり、その外観では移ろい易く見える経過に深い自然の意志のようなものが感じられ、又よき恋愛をすることは容易な業ではないと感じている・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ 一部の人たちは、自分たちが、もう一遍うまいことのやり直しとして希望する世界の悲劇は、そう簡単にひき起されるものではなく、人間はそれほど愚かではない、という事実を認めたくないようです。だから、戦争に関する非人道的な挑発は、日本の新聞にこ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・この経験から生きる目的を一変させた中尉ルドヴィッチは後を慕って来たクリスチアーナにむかって、自分はここから去ることは出来ない、去る気もないと彼女の愛をも拒む。それが終りとなっているのである。 私ども素人の目にはクリスチアーナに扮したラン・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
出典:青空文庫