・・・踊って喧嘩はなりませぬ。うう、うふふ、蛇も踊るや。――藪の穴から狐も覗いて――あはは、石投魚も、ぬさりと立った。」 わっと、けたたましく絶叫して、石段の麓を、右往左往に、人数は五六十、飛んだろう。 赤沼の三郎は、手をついた――もうこ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「伊作、伊作」と女の音で、扉で呼ぶ。「婆さんや、人が来た。」「うう、お爺さん」内職の、楊枝を辻占で巻いていた古女房が、怯えた顔で――「話に聞いた魔ものではないかのう。」とおっかな吃驚で扉を開けると、やあ、化けて来た。いきなり、けらけらと・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・時雨しとしとと降りける夜、また出掛けて、ううと唸って牙を剥き、眼を光らす。媼しずかに顧みて、 やれ、虎狼より漏るが恐しや。 と呟きぬ。雨は柿の実の落つるがごとく、天井なき屋根を漏るなりけり。狼うなだれて去れり、となり。 世の中、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ と横のめりに平四郎、煙管の雁首で脾腹を突いて、身悶えして、「くッ、苦しい……うッ、うッ、うッふふふ、チ、うッ、うううう苦しい。ああ、切ない、あはははは、あはッはッはッ、おお、コ、こいつは、あはは、ちゃはは、テ、チ、たッたッ堪らん。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 坂本はただ、「うう」と唸るばかりだった。 内地を出発して、ウラジオストックへ着き、上陸した。その時から、既に危険は皆の身に迫っていたのであった。 機関車は薪を焚いていた。 彼等は四百里ほど奥へ乗りこんで行った。時々列車から・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・見上げる向では阿蘇の山がごううごううと遠くながら鳴っている。「あすこへ登るんだね」と碌さんが云う。「鳴ってるぜ。愉快だな」と圭さんが云う。 三「姉さん、この人は肥ってるだろう」「だいぶん肥えていなは・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「下り、下の関行うううき。下り、下の関行うううき」 駅手が朗かな声で、三等待合室を鳴り渡らせた。待合室はざわめき始めた。 ニョキニョキと人々は立ち上った。 彼は瞬間、ベンチの凭れ越しに振りかえった。誰も、彼を覘ってはいなかっ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・赤賤家這入せばめて物ううる畑のめぐりのほほづきの色 この歌は酸漿を主として詠みし歌なれば一、二、三、四の句皆一気呵成的にものせざるべからず。しかるにこの歌の上半は趣向も混雑しかつ「せばめて」などいう曲折せる語もあ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」「それから? それから? それから?」「それがら、塔も倒さな。」「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかい。それから? それから?」「それがら、うう、それがら、」耕一はつ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ なめくじはあんまりくやしくて、しばらく熱病になって、「うう、くもめ、よくもぶじょくしたな。うう。くもめ。」といっていました。 網は時々風にやぶれたりごろつきのかぶとむしにこわされたりしましたけれどもくもはすぐすうすう糸をはいて・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
出典:青空文庫