・・・細君は今さらならぬ耕吉の、その日本じゅうにもないいい継母だと思っていたという迂愚さ加減を冷笑した。そして「私なんか嫁入った当時から、なかなかただの人ではないと思ってた」と、誇らしげに言った。「私なんかには解りませんけど、後妻というものは・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・けれども、また大隅君にとっては、この五年振りで逢った東京の友人が、相変らず迂愚な、のほほん顔をしているのを見て、いたたままらぬ技癢でも感ずるのであろうか、さかんに私たちの生活態度をののしるのだ。「疲れたろう。寝ないか。」私は大隅君の土産・・・ 太宰治 「佳日」
・・・偉大なる迂愚者の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である。 頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が伴なうからである。けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・『ネチュアー』の記者はこれについて大いに当局の迂愚を攻撃しているのは尤もな事である。 近頃またアメリカでは飛行機で大西洋を飛び越し、運送船の力を借らず航空隊を戦場に輸送しようという計画がだいぶ真面目に研究されており、それについては大西洋・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・都市のことを言うに臨んで公園の如き閑地の体裁について多言を費すのは迂愚の甚しきものであろう。昭和二年六月記 永井荷風 「上野」
・・・気の毒の事を大人たる我々があえてしているのだからはなはだ情ない次第で、私は大人として子供はかくのごとくたわいないものだという証拠に自分の娘や何かを例に引いたのではなく、かえって大人もまたこの例に洩れぬ迂愚なものだという事を証明したいと思って・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫