・・・電信をお発し下すったなら、明後日午後二時から六時までの間にお待受けいたすことが出来ましょう。もうこれで何もかも申上げましたから、手紙はおしまいにいたしましょう。わたくしはきっと電信が参る事と信じています。どうぞこの会合をお避けなさらないで、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・果ては人と人とが物を受け取ったり、物を遣ったりしているのに、己はそれを余所に見て、唖や聾のような心でいたのだ。己はついぞ可哀らしい唇から誠の生命の酒を呑ませて貰った事はない。ついぞ誠の嘆にこの体を揺られた事は無い。ついぞ一人で啜泣をしながら・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・これでは試験も受けられぬというので試験の済まぬ内に余は帰国する事に定めた。菅笠や草鞋を買うて用意を整えて上野の汽車に乗り込んだ。軽井沢に一泊して善光寺に参詣してそれから伏見山まで来て一泊した。これは松本街道なのである。翌日猿が馬場という峠に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・上田君は師範学校の試験を受けたそうだけれどもまだ入ったかどうかはわからない。なぜ農学校を二年もやってから師範学校なんかへ行くのだろう。高橋君は家で稼いでいてあとは学校へは行かないと云ったそうだ。高橋君のところは去年の旱魃がいちばんひどかった・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・害と一応きりはなされ、ある種の活動家にとっては別個なもののように考えられ得る時代であったこと、また、プロレタリアの世界観は、現実の問題として、階級対立の社会にあっては支配階級のイデオロギーの侵害を多く受けているものであり、特に日本のように封・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・この中には嫡子光貞のように江戸にいたり、また京都、そのほか遠国にいる人だちもあるが、それがのちに知らせを受けて歎いたのと違って、熊本の館にいた限りの人だちの歎きは、わけて痛切なものであった。江戸への注進には六島少吉、津田六左衛門の二人が立っ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・わたくしの手からなんの手掛かりをもお受けにならなかったのですからね。そんなわけで、まあ、きょうお目に掛かったのは本当に久し振りでございましたわね。わたくしの申す事はお分かりになりましたでしょう。あの時二頭曳の馬車を雇っていらっしゃったらと申・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・これだけの応答が幾たびも試験を受けた。「馬が走るわ。捕えて騎ろうわ。和主は好みなさらぬか」「それ面白や。騎ろうぞや。すわやこなたへ近づくよ」 二人は馬に騎ろうと思ッて、近づく群をよく視ればこれは野馬の簇ではなくて、大変だ、敵、足・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・自分は昨年の十月に月評を引き受けてやってみた。すると、或る種の人々は分らないと云って悪罵した。自分は感覚を指標としての感覚的印象批評をしたまでにすぎなかった。それは如上の意味の感覚的印象批評である以上、如上の意味で分らないものには分らないの・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・我々は北極の閾の上に立って、地極というものの衝く息を顔に受けている。 この土地では夜も戸を締めない。乞食もいなければ、盗賊もいないからである。斜面をなしている海辺の地の上に、神の平和のようなものが広がっている。何もかも故郷のドイツなどと・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫