・・・そのうちに××は大うねりに進路を右へ曲げはじめた。同時にまた海は右舷全体へ凄まじい浪を浴びせかけた。それは勿論あっと言う間に大砲に跨った水兵の姿をさらってしまうのに足るものだった。海の中に落ちた水兵は一生懸命に片手を挙げ、何かおお声に叫んで・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ 大濤のようなうねりを見せた収穫後の畑地は、広く遠く荒涼として拡がっていた。眼を遮るものは葉を落した防風林の細長い木立ちだけだった。ぎらぎらと瞬く無数の星は空の地を殊更ら寒く暗いものにしていた。仁右衛門を案内した男は笠井という小作人で、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・上げて来る潮で波が大まかにうねりを打って、船渠の後方に沈みかけた夕陽が、殆ど水平に横顔に照りつける。地平線に近く夕立雲が渦を巻き返して、驟雨の前に鈍った静かさに、海面は煮つめた様にどろりとなって居る。ドゥニパー河の淡水をしたたか交えたケルソ・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・是は又余りに失敬なと腹の中に熱いうねりが立つものから、予は平気を装うのに余程骨が折れる。「君夕飯はどうかな。用意して置いたんだが、君があまりに遅いから……」「ウン僕はやってきた。汽車弁当で夕飯は済してきた」「そうか、それじゃ君一・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 遠い水平線は、黒く、黒く、うねりうねって、見られました。空を血潮のように染めて、赤い夕日は、幾たびか、波の間に沈んだけれど、若者の船は、もどってきませんでした。はすっぱの娘は、はじめのうちこそ、その帰りを待ったけれど、生死がわからなく・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・ 足のあるところは、青い青い海の、うねりうねる波の上になっていて、ただ黒坊主のように、三つの影が、ぼんやりと空間に浮かんで見えたのであります。 これを見た、みんなのからだは、急にぞっとして身の毛がよだちました。「いつか行方のわか・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・しばらく、うっとりとして、彼女はお嬢さまのそばで、その音にききとれていると、目の前に広々とした海が開け、緑色の波がうねり、白馬は、島の空をめがけて飛んでいる、なごやかな景色が浮かんで見えたのであります。 お嬢さまは、窓のところへ歩み寄る・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・それから水の澄み渡った小川がこの防風林の右の方からうねり出て屋敷の前を流れる。無論この川で家鴨や鵞鳥がその紫の羽や真白な背を浮べてるんですよ。この川に三寸厚サの一枚板で橋が懸かっている。これに欄干を附けたものか附けないものかと色々工夫したが・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・しかし大洋のうねりのように高低起伏している。それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。この谷の底はたいがい水田である。畑はおもに高台にある、高台は林と畑とでさま・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 黒竜江は、どこまでも海のような豊潤さと、悠々さをたたえて、遠く、ザバイガル州と呼倫湖から、シベリアと支那との、国境をうねうねとうねり二千里に渡って流れていた。 十一月の初めだった。氷塊が流れ初めた。河面一面にせり合い、押し合い氷塊・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫