・・・あの大俗物の堂脇があんな天女を生むんだから皮肉だよ。そうしてかの女は、芸術に対する心からの憧憬を踏みにじられて、ついには大金持ちの馬鹿息子のところにでも片づけられてしまうんだ……あんな人をモデルにつかって一度でも画が描いて見たいなあ。瀬・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・花田 うむ。戸部 よくいった。花田 俺はまだこうもいった。奴には一人の弟があって、その弟の細君というのが、心と姿との美しい女だった。そうしてその女が毎日俺たちの画室に来てモデルになってくれた。俺たちのような、物質的には無能・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・B うむ。そうすっとまだまだか。A まだまだ。日本は今三分の一まで来たところだよ。何もかも三分の一だ。所謂古い言葉と今の口語と比べてみても解る。正確に違って来たのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章の・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・しかし詩はすべての芸術中最も純粋なものだということは、蒸溜水は水の中で最も純粋なものだというと同じく、性質の説明にはなるかもしれぬが、価値必要の有無の標準にはならない。将来の詩人はけっしてそういうことをいうべきでない。同時に詩および詩人に対・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 小児はなお含んだまま、いたいけに捻向いて、「ううむ、内じゃないの。お濠ン許で、長い尻尾で、あの、目が光って、私、私を睨んで、恐かったの。」 と、くるりと向いて、ひったり母親のその柔かな胸に額を埋めた。 また顔を見合わせたが・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「だって、お前さん、そんなことをしちゃまたお腹が悪くなるよ。」「何をよ、そんな事ッて。なあ、姉様、」「甘いものを食べてさ、がりがり噛って、乱暴じゃないかねえ。」「うむ、これかい。」 と目を上ざまに細うして、下唇をぺろりと・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・(門火なんのと、呑気なもので、(酒だと燗だが、こいつは死人焼……がつがつ私が食べるうちに、若い女が、一人、炉端で、うむと胸も裾もあけはだけで起上りました。あなた、その時、火の誘った夜風で、白い小さな人形がむくりと立ったじゃありませんか。ぽん・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・なかなか産む処を見せないが。」「旦那、とんでもねえ罰が当る。」「撃つやつとどうかな。」段々秋が深くなると、「これまでのは渡りものの、やす女だ、侍女も上等のになると、段々勿体をつけて奥の方へ引込むな。」従って森の奥になる。「今度見つけた巣は一・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 色気の有無が不可解である。ある種のうつくしいものは、神が惜んで人に与えない説がある。なるほどそういえば、一方円満柔和な婦人に、菩薩相というのがある。続いて尼僧顔がないでもあるまい。それに対して、お誓の処女づくって、血の清澄明晰な風情に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「そうか、うむ」 答えた自分も妻も同じように、愛の笑いがおのずから顔に動いた。 出口の腰障子につかまって、敷居を足越そうとした奈々子も、ふり返りさまに両親を見てにっこり笑った。自分はそのまま外へ出る。物置の前では十五になる梅子が・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
出典:青空文庫