・・・ こういうと父は、「うむ、そんな事いってさんざん淫奔をさせろ」 すぐそういうのだからどうしようもない。ことにお千代は極端に同情し母にも口説き自分の夫にも口説きしてひそかに慰藉の法を講じた。自ら進んで省作との間に文通も取り次ぎ、時・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・それから以来習慣が付き、子を産む度毎に必ず助産のお役を勤め、「犬猫の産科病院が出来ればさしずめ院長になれる経歴が出来た、」と大得意だった。 不思議な事にはこれほど大切に可愛がっていたが、この猫には名がなかった。家族は便宜上「白」と呼んで・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・この点は、成人を相手とする読物以上に骨の折れることであって、技巧とか、単なる経験有無の問題でなく天分にもよるのであるが、また、いかに児童文学の至難なるかを語る原因でもあります。 もし、その作者が、真実と純愛とをもって世上の子供達を見た時・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・ こゝに、自由の生む、形態の面白さがあり、押えることのできない強さがあり、爆破があり、また喜びがあるのである。自然の条件に従って、発生し、醗酵するものゝみが、最も創意に富んだ形を未来に決定するのである。それ故に、機械主義的な構成に、また・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・しかし、詩を作り、幸福を産むことはできない。強権下には、永遠に、人生の平和はあり得ないごとく。たゞ、純情に謙遜に、自然の意思に従って、真を見んとするところに、最も人生的なる、一切の創造はなされるのであった。 私は、民謡、伝説の訴うる力の・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・「為さんはまたお上さんのことばっかり言ってるね」「ふざけるない! こいつ悪く気を廻しやがって……なあ、こないだ金之助てえ男が訪ねて来たろう」「うむ、海に棲んでる馬だって、あの大きな牙を親方のとこへ土産に持って来たあの人だろう」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・しかし、やがて玉子が女の子をうむと、新次は私が言って聴かせる継子という言葉にうなずいて、悲しそうな表情を泛べるようになったので、私も新次がその女の子の守をしているのを見ると、ちょっとかわいそうになった。そして、父の方をうかがうと、父はその女・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかし、お君が翌年の三月男の子を産むと、日を繰ってみて、ひやっとし、結婚してよかったと思った。生れた子は豹一と名づけられた。日本が勝ち、ロシヤが負けたという意味の唄がまだ大阪を風靡していたときのことだった。その年、軽部は五円昇給した。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・前の晩自宅で血統や調教タイムを綿密に調べ、出遅れや落馬癖の有無、騎手の上手下手、距離の適不適まで勘定に入れて、これならば絶対確実だと出馬表に赤鉛筆で印をつけて来たものも、場内を乱れ飛ぶニュースを耳にすると、途端に惑わされて印もつけて来なかっ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ などと、何れも浅ましく口拍子よかった中に、誰やら持病に鼻をわずらったらしいのが、げすっぽい鼻声を張り上げて、「やい、そう言うおのれの女房こそ、鷲塚の佐助どんみたいな、アバタの子を生むがええわい」 と呶鳴った。 その途端、一・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
出典:青空文庫