・・・挙すべきにあらねど、十余句を挙ぐれば木瓜の陰に顔たくひすむ雉かな釣鐘にとまりて眠る胡蝶かなやぶ入や鉄漿もらひ来る傘の下小原女の五人揃ふて袷かな照射してさゝやく近江八幡かな葉うら/\火串に白き花見ゆる卓上の鮓に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・――忠一や篤介と岡本は仲が悪く、彼等は彼女がその部屋におるのに庭を見ながら、「おい、うらなりだね」「西瓜糖はとれないってさ」などといった。無遠慮な口を、岡本はまるで聞えなかったように、「忠一さま、お茶さし上げましょうか」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・福井県のひどくむし暑い田圃の中の農家の屋根うらの二階で、板の間にしかれた三畳のたたみの上で、毎日少しずつ書いて行った。自分の結婚生活の破綻は益々切迫しているとき、作者が、身辺に取材しないで、現実から翔びはなれて、「古き小画」のような題材をと・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・都会の屋根うらのそういうふうな娘の人生を、アンデルセンは悲しい同情をもって理解した。 またこんどの大戦前に堀口大学氏の訳で出版されたマルグリット・オードウの「孤児マリー」という独特な小説があった。この小説の作家、マルグリットはパリのつつ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・前なんぞ夢にも見た事のない苦しい思をして居るんだよ、あの子のお父さんと云うのは村で評判の呑ん平で一日に一升びんを三本からにすると云うごうのものなんだよ、それでおまけに大のずる助で実の子のあのお清に物をうらせて自分は朝から晩まで酒をあびて居て・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・という自責的な表現でうらから後家のがんばりに不十分に触れてゆくしかなかった。「思いあがり」という自責的なひとことのなかに、女として作家として積極であった多くのプラスをのみこみながら。戦争とファシズムの力とで人間はどんなに非人道的に扱われて来・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ なほ子は母の老いたことを沁々感じ、さっき彼女自身、祖母について云った口うらから、母が飽きず思い出話をするのが、水のように淋しかった。 午後、復興局に働いている若者が見舞いに来た。区画整理で、寺の墓地を移転するについて、柳生但馬守の・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・その人を先にたてて皆のあつまる会をつくり、会の金を出すためにその男はゴミ箱から緒の切れた板うらを出して来てはいた。会は雑誌とデッドボールと、バリカンとカミソリを買い要求に応じて全工場にグループをつくり、大衆的に組織して行った。 十二月の・・・ 宮本百合子 「大衆闘争についてのノート」
・・・早速、郵船を見ると、どうもガタガタに外がいたんで居るし、内外はピシャンコになって居るし、もう警視庁うらに火が出たし、あぶないと思って、事ム所を裏から大丈夫と知り東京ステーションで Taxi をやとおうとするともう一台もない。しかたがないので・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・に似たる我邦復讐の事、いま奈何におもうらん。されど其母殺したりという人は、安き心もあらぬなるべし。きょうは女郎花、桔梗など折来たりて、再び瓶にさしぬ。 二十五日、法科大学の学生なる丸山という人訪いく。米子の滝の勝を語りて、ここへ来し途な・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫