・・・船で暴風雨に濡れてもな、屋根代の要らねえ内で、姉さんやお浜ッ児が雨露に濡れねえと思や、自分が寒い気はしねえとよ。」「嘘ばッかり。」 と対手が小児でも女房は、思わずはっと赧らむ顔。「嘘じゃねえだよ、その代にゃ、姉さんもそうやって働・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 風吹けば倒れ、雨露に朽ちて、卒堵婆は絶えてあらざれど、傾きたるまま苔蒸すままに、共有地の墓いまなお残りて、松の蔭の処々に数多く、春夏冬は人もこそ訪わね、盂蘭盆にはさすがに詣で来る縁者もあるを、いやが上に荒れ果てさして、霊地の跡を空しゅ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・(ちょっと順序を附 宗吉は学資もなしに、無鉄砲に国を出て、行処のなさに、その頃、ある一団の、取留めのない不体裁なその日ぐらしの人たちの世話になって、辛うじて雨露を凌いでいた。 その人たちというのは、主に懶惰、放蕩のため、世に見棄・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・……消えるまで、失せるまでと、雨露に命を打たせておりますうちに――四国遍路で逢いました廻国の御出家――弘法様かと存ぜられます――御坊様から、不思議に譲られたでござります。竹操りのこの人形も、美しい御婦人でござりますで、爺が、この酒を喰います・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・磯は少時く此店の前を迂路々々していたが急に店の軒下に積である炭俵の一個をひょいと肩に乗て直ぐ横の田甫道に外て了った。 大急で帰宅って土間にどしりと俵を下した音に、泣き寝入に寝入っていたお源は眼を覚したが声を出なかった。そして今のは何の響・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「だって、七年も雨露をしのいで来た屋根の下じゃないか。」 と私は言ってみせた。 煤けた障子の膏薬張りを続けながら、私はさらに言葉をつづけて、「ホラ、この前に見て来た家サ。あそこはまるで主人公本位にできた家だね。主人公さえよけ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・これに反して今時の大多数の絵は、最初には自分の本当の感じから出発するとしても、甚だしいソフィスチケーションの迂路を経由して偶然の導くままに思わぬ効果に巡り会うことを目的にして盲捜りに不毛の曠野を彷徨しているような気がする。青く感じたものは赤・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・この際もし車掌がある一つの主義を偏執してたとえば大通りばかりを選ぶとするとそれを徹底させるためには時にはたいへんな迂路を取らねばならぬような事があるだろう。ただ一筋の系統によって一糸乱れぬ物理学の系統を立てようという希望は決して悪くはないが・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・此校を出て、大学を出て、諸方を迂路ついている時に教えたのが、此処にいる速水君であります。速水君を教える時分は熊本で教員生活をしておった時で漂泊生でありました。速水君を教えていた時分は偉くなかった、あるいは偉い事を知らなかったか、どっちかでし・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・戦災者や引揚者が住むに家なく警察の講堂に検束される形でやっと雨露をしのぐ有様が一方にあるのに。 第三は、インテリゲンチャの間から野間宏、椎名麟三、中村真一郎氏その他の作家が注目すべき創作活動を行ったこと、勤労大衆の文化的活動がさかんにな・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
出典:青空文庫