・・・だの、何か夫と話しているらしい譫言ばかり云っていた。が、鎌倉行きの祟りはそればかりではない。風邪がすっかり癒った後でも、赤帽と云う言葉を聞くと、千枝子はその日中ふさぎこんで、口さえ碌に利かなかったものだ。そう云えば一度なぞは、どこかの回漕店・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・今日でまる三日の間、譫言ばかり云っている君の看病で、お敏さんは元より阿母さんも、まんじりとさえなさらないんだ。もっともお島婆さんの方は、追善心に葬式万端、僕がとりしきってやって来たがね。それもこれも阿母さんの御世話になっていない物はないんだ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい、よしてください」 聞くがごとくんば、伯爵夫人は、意中の秘密を夢現の間に人に呟かんことを恐れて、死をもてこれを・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ こんな事を申しましてお聞上げ……どころか、もしお気に障りましては恐入りますけれども、一度旦那様をお見上げ申しましてからの、お米の心は私がよく存じております。囈言にも今度のその何か済まないことやらも、旦那様に対してお恥かしいことのようで・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と突拍子な高調子で、譫言のように言ったが、「ようこそなあ――こんなものに……面も、からだも、山猿に火熨斗を掛けた女だと言われたが、髪の毛ばかり皆が賞めた。もう要らん。小春さん。あんた、油くさくて気の毒やが、これを切って、旦那さんに・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ と言懸けて、頷く小宮山の顔を見て、てかてかとした天窓を掻き、「かような頭を致しまして、あてこともない、化物沙汰を申上げまするばかりか、譫言の薬にもなりませんというは、誠に早やもっての外でござりますが、自慢にも何にもなりません、生得・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ などと実に興覚めな事を口走り、その頃は私も一生懸命に勉強していい詩を書きたいと念じていた矢先で、謂わば青雲の志をほのかながら胸に抱いていたのでございますから、たとい半狂乱の譫言にもせよ、悪魔だの色魔だの貞操蹂躙だのという不名誉きわまる事を・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・と小さい時からただ人に叱られて育って来たので、人を見ると自分を叱るのではないかと怯える卑屈な癖が身についていて、この時も、譫言のように「すみません」を連発しながら寝返りを打って、また眼をつぶる。「叱るのではない。」とその黒衣の男は、不思・・・ 太宰治 「竹青」
・・・友達の前であろうが、知らぬ人の前であろうが、痛い時には、泣く、喚く、怒る、譫言をいう、人を怒りつける、大声あげてあんあんと泣く、したい放題のことをして最早遠慮も何もする余地がなくなって来た。サアこうなって見ると、我ながらあきれたもので、その・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫