・・・液体力学の教えるところではこういう崖の角は風力が無限大になって圧力のうんと下がろうとする所である。液体力学を持ち出すまでもなく、こういう所へ家を建てるのは考えものである。しかしあるいは家のほうが先に建っていたので切り通しのほうがあとにできた・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・こっちには松山の伯父さんもいられるし、これもうんと力瘤を入れているように吹聴したでしょう」「どうもそうらしいね。ふみ江のいけないのはむろんだが、姉にもそういうところはあるね。それに姉も先方の身上を買い被っていたらしいんだ。そこは僕も姉を・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ゆくゆくは子供がうんとできて、自分の両親のようになってもかまわない。――「おれが、あの娘に話してみるか?」 うしろで、夫婦が相談はじめている。「それともお前がきいてみるか?」「そうね」「どっちにせ、青井の奴ァ、三年たって・・・ 徳永直 「白い道」
・・・髯の根をうんと抑えて、ぐいと抜くと、毛抜は下へ弾ね返り、顋は上へ反り返る。まるで器械のように見える。「あれは何日掛ったら抜けるだろう」と碌さんが圭さんに質問をかける。「一生懸命にやったら半日くらいで済むだろう」「そうは行くまい」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・僕かね、僕だってうんとあるのさ、けれども何分貧乏とひまがないから、篤行の君子を気取って描と首っ引きしているのだ。子供の時分には腕白者でけんかがすきで、よくアバレ者としかられた。あの穴八幡の坂をのぼってずっと行くと、源兵衛村のほうへ通う分岐道・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・西宮がびッくりして声をかけようとした時、吉里はううんと反ッて西宮へ倒れかかッた。 折よく入ッて来た小万は、吉里の様子にびっくりして、「えッ、どうおしなの」「どうしたどころじゃアない。早くどうかしてくれ。どうも非常な力だ」「しッか・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それからおまえはうんと走って陸地測量部まで行くんだ。そして二人ともこう言うんだ。北緯二十五度東経六厘の処に、目的のわからない大きな工事ができましたとな。二人とも言ってごらん」「北緯二十五度東経六厘の処に目的のわからない大きな工事ができま・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具を独楽のように廻していた忠一が、「何平気さ、うんと仕込んどきゃ、あと水一杯ですむよ」 廻すのを止め、一ヵ所を指さした。「なあに」 覗いて見て、陽子は笑い・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・その中で糸を引いている音がぶうんぶうんとねむたそうに聞えている。 石田は座布団を敷居の上に敷いて、柱に靠り掛かって膝を立てて、ポッケットから金天狗を出して一本吸い附けた。爺さんは縁端にしゃがんで何か言っていたが、いつか家の話が家賃の話に・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・あたし、今日は苦しくなければ、うんとお饒舌したいんだけど。」「いや、もう黙っているがいい、俺はここについていてやるから、眼だけでも瞑っていれば休まるだろう。」「じゃ、あたし、暫く眠ってみるわ。あなた、そこにいて頂戴。」「うむ。」・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫