・・・ 滝田君に最後に会ったのは今年の初夏、丁度ドラマ・リイグの見物日に新橋演舞場へ行った時である。小康を得た滝田君は三人のお嬢さんたちと見物に来ていた。僕はその顔を眺めた時、思わず「ずいぶんやせましたね」といった。この言葉はもちろん滝田君に・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
・・・最後に会ったのはたしか四五月頃でしたか、新橋演舞場の廊下で誰か後から僕の名を呼ぶのでふり返って見ても暫く誰だか分らなかった。あの大きな身体の人が非常に痩せて小さくなって顔にかすかな赤味がある位でした。私はいつも云っていたことですが、滝田さん・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・時ひとり大白法たる法華経を留めて「閻浮提に広宣流布して断絶せしむることなし」と録されてある。また、「後の五百歳濁悪世の中に於て、是の経典を受持することあらば、我当に守護して、その衰患を除き、安穏なることを得しめん」とも録されてある。 今・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ これは、画の話ではありませんが、先日、新橋演舞場へ文楽を見に行きました。文楽は学生時代にいちど見たきりで、ほとんど十年振りだったものですから、れいの栄三、文五郎たちが、その十年間に於いて、さらに驚嘆すべき程の円熟を芸の上に加えたであろ・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・「それは演舞場へお稽古に行くときのお弁当や」「しかし芝居見物もこんなふうにしてゆくとおもしろいね」「こちらかって、幕のうちもあるし、鰻でも何でもあります。でもこれも楽しみやさかえ」お絹はそう言って、それからこの間どこからか貰って・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・警察署の裏、北向きの留置場では花時でも薄暗く、演武場の竹刀の音、すぐ横の石炭置場の奥にある犬小舎でキャン、キャンけたたましく啼き立てる野犬の声などがする。 南京虫が出て、おちおち眠られない。「夏になったらそれこそえらいもんだ。去年こ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ そして田野に円舞して、笑いさざめき歌を歌う生命の活気もなければ、専念に思考を練って穿ちに穿って行く強度も無く、表情が、力の欠乏に生気を失って居ると全く同様の状態が内奥の魂にまで食い入って居ります。愛する者をして愛さしめよ! 良人と自己・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・空をとぶ大きな鳥のたのしそうに悠々とした円舞を見あげて、あんな風にして自分たちも自由に空をとんでみたいとあこがれる人類の感情を、ギリシア人が、若々しい人類の歴史の若年期を生きつつ、自分たちの社会の伝説にとりいれたことはいかにも面白い。同時に・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
出典:青空文庫