・・・息もつかず、もうもうと四面の壁の息を吸って昇るのが草いきれに包まれながら、性の知れない、魔ものの胴中を、くり抜きに、うろついている心地がするので、たださえ心臓の苦しいのが、悪酔に嘔気がついた。身悶えをすれば吐きそうだから、引返して階下へ抜け・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・やっと熱海の宿に着いて暈の治りかけた頃にあの塩湯に入るとまたもう一遍軽い嘔気を催したように記憶している。 無闇に井戸を掘って熱泉を噴出させたために規則正しい大湯の週期的噴泉に著しい異状を来したというので県庁の命令で附近の新しい噴泉井戸を・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・それを待っているうちに急に嘔気が込み上げて来たので右向きに頭を傾けて吐いた。吐こうと思う瞬間に吐くものが黒い血だなという予感が頭に閃いた。吐いてみたら黒い血が泥だらけの床の上に直径十センチくらいの円形を染めた。引続いて吐いたのはやや赤い中に・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・あの病人は嘔気があって、向うの端からこっちの果まで響くような声を出して始終げえげえ吐いていたが、この二三日それがぴたりと聞えなくなったので、だいぶ落ちついてまあ結構だと思ったら、実は疲労の極声を出す元気を失ったのだと知れた。」 その後患・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・ Обара の気持 何だか宙で一つぐるんとぶんまわって 自分の体の上下がわからなくなったような 自分のこの社会におけるあり場所がわからなくなった感じ。 嘔気の出る感じ。 夜ふけのローソク ス・・・ 宮本百合子 「心持について」
・・・ 動くと気分悪く、神経的嘔気を催すので、部屋の敷居の処に倚りかかり、指図をして、近所の蕎麦屋へ行かせた。 職人にやる金を包み、皆に蕎麦を食べさせ、裏の家と医者の家に配り終ったのは、もう夕暮に近かった。 H町に居ては、見られない鮮・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・彼等は自分達の全生活でもって、ゴーリキイ自身が嘔気を催す程厭悪している。生ぬるい、厚顔な町人根性に反撥し、それを軽蔑している。この人々にゴーリキイはつよく惹きつけられた。そして「彼等の辛辣な環境に沈潜して見ようという希望」に捕えられた。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫