・・・と云い合いて、別れ別れに一方は大路へ、一方は小路へ、姿を下駄音と共に消すのも、満更厭な気ばかり起させる訳でもない。 私も嘗て、本郷なる何某と云うレストランに、久米とマンハッタン・カクテルに酔いて、その生活の放漫なるを非難したる事ありしが・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・所が、千五百五年になると、ボヘミアで、ココトと云う機織りが、六十年以前にその祖父の埋めた財宝を彼の助けを借りて、発掘する事が出来た。そればかりではない。千五百四十七年には、シュレスウィッヒの僧正パウル・フォン・アイツェンと云う男が、ハムブル・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・「一条二条の大路の辻に、盲人が一人さまようているのは、世にも憐れに見えるかも知れぬ。が、広い洛中洛外、無量無数の盲人どもに、充ち満ちた所を眺めたら、――有王。お前はどうすると思う? おれならばまっ先にふき出してしまうぞ。おれの島流しも同・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ これは江戸の昔から祖父や父の住んでいた古家を毀した時のことである。僕は数え年の四つの秋、新しい家に住むようになった。したがって古家を毀したのは遅くもその年の春だったであろう。 二 位牌 僕の家の仏壇には祖父母の・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云う災がつづ・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・石段の上に立って眺めますと、見渡す限り西も東も一面の人の海で、それがまた末はほのぼのと霞をかけた二条の大路のはてのはてまで、ありとあらゆる烏帽子の波をざわめかせて居るのでございます。と思うとそのところどころには、青糸毛だの、赤糸毛だの、ある・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・父の父、すなわち私たちの祖父に当たる人は、薩摩の中の小藩の士で、島津家から見れば陪臣であったが、その小藩に起こったお家騒動に捲き込まれて、琉球のあるところへ遠島された。それが父の七歳の時ぐらいで、それから十五か十六ぐらいまでは祖父の薫育に人・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・故郷の市場の雑貨店で、これを扱うものがあって、私の祖父――地方の狂言師が食うにこまって、手内職にすいた出来上がりのこの網を、使で持って行ったのを思い出して――もう国に帰ろうか――また涙が出る。とその涙が甘いのです。餅か、団子か、お雪さんが待・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・待て、御典医であった、彼のお祖父さんが選んだので、本名は杢之丞だそうである。 ――時に、木の鳥居へ引返そう。 二 ここに、杢若がその怪しげなる蜘蛛の巣を拡げている、この鳥居の向うの隅、以前医師の邸の裏門のあっ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 三月の中の七日、珍しく朝凪ぎして、そのまま穏かに一日暮れて……空はどんよりと曇ったが、底に雨気を持ったのさえ、頃日の埃には、もの和かに視められる……じとじととした雲一面、星はなけれど宵月の、朧々の大路小路。辻には長唄の流しも聞えた。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
出典:青空文庫