・・・常子も――おお、「弱きものよ汝の名は女なり」! 常子も恐らくはこの例に洩れず、馬の脚などになった男を御亭主に持ってはいないであろう。――半三郎はこう考えるたびに、どうしても彼の脚だけは隠さなければならぬと決心した。和服を廃したのもそのためで・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・――おお、いろいろな物が並んでいますな。」 母の枕もとの盆の上には、大神宮や氏神の御札が、柴又の帝釈の御影なぞと一しょに、並べ切れないほど並べてある。――母は上眼にその盆を見ながら、喘ぐように切れ切れな返事をした。「昨夜、あんまり、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そして、「おおおお可哀そうに何処を。本当に悪い兄さんですね。あらこんなに眼の下を蚯蚓ばれにして兄さん、御免なさいと仰有いまし。仰有らないとお母さんにいいつけますよ。さ」 誰が八っちゃんなんかに御免なさいするもんか。始めっていえば八っ・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・我らに日用……糧を……我らに日用の糧を…………ブラボーブラボーブラビッシモ……おお太陽は昇った。一同思わず瀬古の周囲に走りよる。沢本 食えそうなものが出てきたんか。戸部 ガランスか。瀬古 沢本、おまえはさもしい・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「待遠かったでしょうね。」 一言あたかも百雷耳に轟く心地。「おお、もう駒を並べましたね、あいかわらず性急ね、さあ、貴下から。」 立花はあたかも死せるがごとし。「私からはじめますか、立花さん……立花さん……」 正にこの・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「出帆に、もう、そんなに間もねえからな。」「おお、暑い、暑い。」「ああ暑い。」 もう飛ついて、茶碗やら柄杓やら。諸膚を脱いだのもあれば、腋の下まで腕まくりするのがある。 年増のごときは、「さあ、水行水。」 と言う・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ やがて芋が煮えたというので、姉もおとよさんといっしょに降りてくる。おおぜい輪を作って芋をたべる。少しく立ちまさった女というものは、不思議な光を持ってるものか、おとよさんがちょっとここへくればそのちょっとの間おとよさんがこの場の中心にな・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「あんな者に受け出されて、やッぱし、こんなしみッたれた田舎にくすぶってしまうのだろうよ」「おおきにお世話だ、あなたよりもさきに東京へ帰りますよ」「帰って、どうするんだ?」「お嫁に行きますとも」「誰れが貴さまのような者を貰・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「お母さん、赤い魚を捕まえてきましたよ。」と、子供たちはいいました。 お母さんは、子供たちの捕まえてきた赤い魚を見ました。「おお、小さいかわいらしい魚だね! どんなにか、この魚の母親が、いまごろ悲しんでいるでしょう。」と、お母さ・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・と、おばあさんは心の中でいって、赤ん坊を取り上げながら、「おお、かわいそうに、かわいそうに。」といって、家へ抱いて帰りました。 おじいさんは、おばあさんの帰るのを待っていますと、おばあさんが、赤ん坊を抱いて帰ってきました。そして、一・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫