・・・その中で、駒形の渡し、富士見の渡し、安宅の渡しの三つは、しだいに一つずつ、いつとなくすたれて、今ではただ一の橋から浜町へ渡る渡しと、御蔵橋から須賀町へ渡る渡しとの二つが、昔のままに残っている。自分が子供の時に比べれば、河の流れも変わり、芦荻・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
一 お蓮が本所の横網に囲われたのは、明治二十八年の初冬だった。 妾宅は御蔵橋の川に臨んだ、極く手狭な平家だった。ただ庭先から川向うを見ると、今は両国停車場になっている御竹倉一帯の藪や林が、時雨勝な・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 柳吉と一緒に大阪へ帰って、日本橋の御蔵跡公園裏に二階借りした。相変らずヤトナに出た。こんど二階借りをやめて一戸構え、ちゃんとした商売をするようになれば、柳吉の父親もえらい女だと褒めてくれ、天下晴れての夫婦になれるだろうとはげみを出・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 本所深川区内では○御蔵橋かかりし埋堀○南北の割下水○黒江町黒江橋ありし辺の溝渠。その他。 砂町では○元〆川○境川おんぼう堀。その他。 こんな事を識すのも今は落した財布の銭を数えるにも似ているであろう。 ○・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・その疑いない証拠として、現に彼らのオクラを見たという人があると。こうした人々の談話の中には、農民一流の頑迷さが主張づけられていた。否でも応でも、彼らは自己の迷信的恐怖と実在性とを、私に強制しようとするのであった。だが私は、別のちがった興味で・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 自分の思ってる人をごとごと云われた口惜しさに光君はこんなぶっつけたようなことを云った、女君は自分のことを云われたときがついて一寸むっとしたが又いやな笑がおにかえって、「何だか私の御蔵に火がつきそうになりましたワホホホホホ」 と・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫