・・・そこの古い寺の墓地には、親達の遺骨も分けて納めてある。埼玉気分をそそるような機場の機の音も聞えて来ている。お三輪はほんの一時落ちつくつもりで伜の新七が借りてくれた家に最早一年も暮して来た。彼女は、お富や孫達を相手に、東京の方から来る好い便り・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・しかし抽斗は今朝初やに掃除をさせて、行李から出した物を自分で納めたのである。袖はそれより後に誰かが入れたものだ。そしてこの袖は藤さんのに相違はない。小母さんや初やや、そんな二三十年前の若い女に今ごろこんな花やかな物があるはずがない。はたして・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・なめている風がある。長女は、二十六歳。いまだ嫁がず、鉄道省に通勤している。フランス語が、かなりよくできた。脊丈が、五尺三寸あった。すごく、痩せている。弟妹たちに、馬、と呼ばれることがある。髪を短く切って、ロイド眼鏡をかけている。心が派手で、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・蔵に収めず。」 骨のずいまで小説的である。これに閉口してはならない。無性格、よし。卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、よし。お調子もの、またよし。怠惰、よし。変人、よし。化物、よし。古典的秩序へのあこがれやら、訣別やら、何もかも、みんな・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・子供、といっても、私のところの子供たちは、皆まだひどく幼い。長女は七歳、長男は四歳、次女は一歳である。それでも、既にそれぞれ、両親を圧倒し掛けている。父と母は、さながら子供たちの下男下女の趣きを呈しているのである。 夏、家族全部三畳間に・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ 庭で遊んでいた七つの長女が、お勝手口のバケツで足を洗いながら、無心に私にたずねます。この子は、母よりも父のほうをよけいに慕っていて、毎晩六畳に父と蒲団を並べ、一つ蚊帳に寝ているのです。「お寺へ。」 口から出まかせに、いい加減の・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ かれのあととりの息子は、戦地へ行ってまだ帰って来ない。長女は北津軽のこの町の桶屋に嫁いでいる。焼かれる前は、かれは末娘とふたりで青森に住んでいた。しかし、空襲で家は焼かれ、その二十六になる末娘は大やけどをして、医者の手当も受けたけれど・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・小坂氏は、ふり向いてその写真をちらと見て、「長女の婿でございます。」「おなくなりに?」きっとそうだと思いながらも、そうあらわに質問して、これはいかんと狼狽した。「ええ、でも、」上の姉さんは伏目になって、「決してお気になさらないで下さ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ と七歳の長女。「まあ、お父さん、いったいどこへ行っていらしたんです」 と赤ん坊を抱いてその母も出て来る。 とっさに、うまい嘘も思い浮ばず、「あちこち、あちこち」 と言い、「皆、めしはすんだのか」 などと、必・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・上品な娘さんがお茶を持って来たので、私は兄の長女かと思って笑いながらお辞儀をした。それは女中さんであった。 背後にスッスッと足音が聞える。私は緊張した。母だ。母は、私からよほど離れて坐った。私は、黙ってお辞儀をした。顔を挙げて見たら、母・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫