・・・厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを、メシアの出現を惧れるために、ヘロデ王の殺した童子たちのことを、ヨハネの洗礼を受けられたことを、山上の教えを説かれたことを、水を葡萄酒に化せら・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・一軒の家の戸を敲いて、ようやく松川農場のありかを教えてもらった時は、彼れの姿を見分けかねるほど遠くに来ていた。大きな声を出す事が何んとなく恐ろしかった。恐ろしいばかりではない、声を出す力さえなかった。そして跛脚をひきひきまた返って来た。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・と、忘れたと云って教えなかった。「――まだ小どもだったんですもの――」 浜町の鳥屋は、すぐ潰れた。小浜屋一家は、世田ヶ谷の奥へ引込んで、唄どころか、おとずれもなかったのである。 まだ少し石の段の続きがある。 ――お妻とお・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・…… 袖形の押絵細工の箸さしから、銀の振出し、という華奢なもので、小鯛には骨が多い、柳鰈の御馳走を思出すと、ああ、酒と煙草は、さるにても極りが悪い。 其角句あり。――もどかしや雛に対して小盃。 あの白酒を、ちょっと唇につけた処は・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 聞け――時に、この虹の欄間に掛けならべた、押絵の有名な額がある。――いま天守を叙した、その城の奥々の婦人たちが丹誠を凝した細工である。 万亭応賀の作、豊国画。錦重堂板の草双紙、――その頃江戸で出版して、文庫蔵が建ったと伝うるまで世・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・それをだれが教えたか嬶に教えたから、嬶がそれ火のようになってあばれこんだとさ」「うん博打場へかえ」「そうよ、嬶のおこるのも無理はねいだよ、婆さん。今年は豊作というにさ。作得米を上げたら扶持とも小遣いともで二俵しかねいというに、酒を飲・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 僕が英語が出来るというので、僕の家の人を介して、井筒屋の主人がその子供に英語を教えてくれろと頼んで来た。それも真面目な依頼ではなく、時々西洋人が来て、応対に困ることがあるので、「おあがんなさい」とか、「何を出しましょう」とか、「お酒を・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・特にワグマンについて真面目に伝習したとは思われないが、ブラシの使い方や絵具の用法等、洋画のテクニックの種々の知識を教えられた事はあるようだ。明治八、九年頃の画家番附に淡島椿岳の上に和洋画とあるのを以て推すと、洋画家としてもまた相応に認められ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・羽子板の押絵が抜け出したようで余り目に立ち過ぎたので、鈍色を女徳の看板とする教徒の間には顰蹙するものもあった。欧化気分がマダ残っていたとはいえ、沼南がこの極彩色の夫人と衆人環視の中でさえも綢繆纏綿するのを苦笑して窃かに沼南の名誉のため危むも・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・しかしながら地質学、動物学を教えることのできる人は実に少い。文学者はたくさんいる、文学を教えることのできる人は少い。それゆえにこの学校に三、四十人の教授がいるけれども、その三、四十人の教師は非常に貴い、なぜなればこれらの人は学問を自分で知っ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫