・・・それから段々話し込んで、に尾鰭を付けて、賭をしているのだから、拳銃の打方を教えてくれと頼んだ。そして店の主人と一しょに、裏の陰気な中庭へ出た。その時女は、背後から拳銃を持って付いて来る主人と同じように、笑談らしく笑っているように努力した。・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・墓地は雪に埋まっていましたけれど、勇ちゃんは、木に見覚えがあったので、この下にお姉さんが眠っていると教えたのでした。「先生、私はお約束を守っておあいしにまいりました。それだのに、先生は、もうおいでがないのです。私は、ひとりぽっちで、さび・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・と見えて、一枚の布団の中から薄禿の頭と櫛巻の頭とが出ている。私はその横へ行って、そこでもまたぼんやり立っていると、櫛巻の頭がムクムク動いて、「お前さん、布団ならあそこの上り口に一二枚あったよ。」と教えてくれた。 で、私はまた上り口へ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」 肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を例に出して、男はくどくどと石油の卓効に就いて喋った。「そんな話迷信やわ」 いきなり女が口をは・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・傍に坐っていた番頭は同じ区内の何とかいう店を教えてくれたが、耕吉は廻ってみる勇気もなく、疲れきって帰ってきた。「熊沢蕃山、息、游軒か、……よかったねえ」 編輯室の人たちも耕吉の話を聞いて、笑いはやした。「熊沢蕃山という人のことな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・自分が何度誘ってもそこへ行こうとは言わなかったことや、それから自分が執こく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男の頑なに拒んでいる態度にもかかわらず、彼にも自分と同じような欲望があるにちがいないとなぜか固く信じたことや――そんなこ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・元来学校では鉛筆画ばかりで、チョーク画は教えない。自分もチョークで画くなど思いもつかんことであるから、画の善悪はともかく、先ずこの一事で自分は驚いてしまった。その上ならず、馬の頭と髭髯面を被う堂々たるコロンブスの肖像とは、一見まるで比べ者に・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・一般に科学というものを知らなかった上古の人間も学としての形態の充分ととのっていない支那や日本の諸子百家の教えも、また文字なき田夫野人の世渡りの法にも倫理的関心と探究と実践とはある。しかし現代に生を享けて、しかも学徒としての境遇におかれたイン・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・この男は、藤井先生がY村で教えていた頃の生徒だ。そのくせ、昔の先生に対してさえ、今は、官憲としての権力を振りまわして威張っていた。そして、旧師に対するような態度がちっともなかった。運動をやっている者は、先生だって、誰だって悪いというような調・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなと暁って、今更ながら世の清濁の上に思を馳せて感悟した。「有難うございました。」と慄えた細い声で感謝した。 その夜若・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫