・・・蚊に食われた跡が涙に汚れてきたない顔だったが、えくぼがあり、鼻の低いところ、おでこの飛びでているところなど、何か伊助に似ているようであったから、その旨伊助に言い、拾って育てようとはかったところ、う、う、家のなかが、よ、よごれるやないか。伊助・・・ 織田作之助 「螢」
・・・女にもしてみたいほどの色の白い児で、優しい眉、すこし開いた脣、短いうぶ毛のままの髪、子供らしいおでこ――すべて愛らしかった。何となく袖子にむかってすねているような無邪気さは、一層その子供らしい様子を愛らしく見せた。こんないじらしさは、あの生・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・不思議なくらいに顕著なおでこと、鉄縁の小さな眼鏡とたいへんなちぢれ毛と、尖った顎と、無精鬚。皮膚は、大仰な言いかたをすれば、鶯の羽のような汚い青さで、まったく光沢がなかった。その男が赤毛氈の縁台のまんなかにあぐらをかいて坐ったまま大きい碾茶・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・額がおでこでいったいに押しひしいだように短い顔であった。そして不相応に大きく突っ立った耳がこの顔にいっそう特異な表情を与えているのであった。どうしたのか無気味に大きくふくれた腹の両側にわれわれの小指ぐらいなあと足がつっかい棒のように突っ張っ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 六 お出額で鼻が小さくて目じりが下がって、というのは醜婦の棚おろしのように聞こえる。しかし、これは現代美人の一つの型の描写の少なくも一部分をなすものである。 おでこは心の広さを現わし、小さく格好よく引きしまった・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 大きいおでこだ。手の指が細くしなしなしていて、受け口だ。鼠色フランネルのカラーに背広を着て、ベズィメンスキーが出て来た。そして次のような挨拶をのべた。 今日は『プラウダ』も『イズヴェスチア』も第一面に、ソヴェトの最も功労あるマルク・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ ペンをもっている指先で、ひろ子のおでこをまじないのようにぐりぐりした。「それを云っているのは、俺の方だよ。かんちがえをしないでくれ」 その時分、そろそろ新しい文学の団体も出来かかりはじめていた。十数年前にも一緒に仕事をしていた・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・主人達の目を掠めて、頬骨の高い、鼻の低いおでこに青痣のついた小僧ゴーリキイは皆の留守の間に、或は夜、窓際で月の光で読もうとした。活字がこまかすぎて、明るい月の光も役に立たぬ。そこで棚の上から銅鍋をもち出し、月の光をそれに反射させて読む工夫を・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫